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2010年08月31日

城下町散策を考える~バーチャル散策

◆『バーチャル』散策とは
『バーチャル』(virtual)とは、「仮想」とか「非現実」というような意味である。
『バーチャル』散策では、仮想の<城下町>をイメージして、実際の『町』を歩く。
そこがコンピュータの分野でいう「バーチャル・リアリティ(VR)」とは異なる。

具体的には、
<古地図の要素を現代地図上に投影し、その「新・古地図」の町筋に沿って散策する>
ということになる。

当HPのトップページからアクセスできる『新発田散策マップ』は、その一例となる。
新・古地図(デジタル)の作成方法は、ここでは省略する。
実際の作成には相応の労力を要する。

新・古地図上の散策では、アニメーションを利用して、たとえば、
・藩主の参勤交代の帰城ルート
をたどれば、ゆるゆると進む行列でお篭に乗るお殿様の気分に浸ることができる。

・長旅を終え、やっと城下に無事到着した安堵感
・城下に変わりはないか、賑わっているであろうか
・町民は快く迎えてくれているであろうか

・出迎える大勢の家臣からかかる声
・我が本丸はやはりすばらしい
・今宵は久しぶりに地元の肴と酒が味わえる

など、『バーチャル』なお殿様になりかわるのである。
現実ではなく、心に浮かぶ仮想の世界。
想像するイメージは、完全に自由で奔放だ。

『バーチャル』散策では、そういうイメージを抱いて現実の<城下町>の道筋を辿る。
つまり『バーチャル』な行列が進む「時間と空間」を実体験することになる。
<仮想>+<現実>の世界へ誘(いざな)う<ストーリー>を楽しむのである。

 ◇ ◇ ◇

みごとな天守閣や保全された武家屋敷、町家などを見れば、大きな感動を覚える。
ただし、従来型散策では個別の感動の繰り返しだけで、<ストーリー>は存在しない。
「はい終わり、つぎ」という散策に過ぎないのである。

2010年08月30日

城下町散策を考える~現状

◆<城下町>の散策コース標準版
<城下町>散策というと、概ね2つのコースが紹介される。
ひとつは、城郭の鑑賞コースで、もうひとつは、城下の散策コースである。
ほとんどのガイドブックなどで、ほとんど同じようなコースとなっている。

城郭鑑賞では、天守閣のある本丸や二の丸ななどを巡る。
姫路城、弘前城、彦根城、犬山城などが代表格だ。
天守閣、櫓、石垣、堀やそれらの作り出す景観、桜などを鑑賞する。

城下散策では、遺されている武家屋敷や町家、寺社、歴史的景観などを巡る。
萩、弘前、彦根、会津若松、金沢などが代表格だ。
歴史上の人物の生誕地、墓所、資料館、庭園、伝統工芸の工房なども含まれる。

標準的な城下散策では、いわば観光スポットを順につないでコースにしている。
良質な観光スポットの多い<城下町>が、良質な<城下町>ということだ。
ガイドブックは作りやすいし、観光客は手軽に回れるし、<城下町>自身も安泰だ。

◆標準コースで<城下町>が分るか
しかし、である。
そもそも<城下町>散策とは、観光スポットを回ることなのか、と最近思い始めた。
表面的に遺されたものを巡るだけで、<城下町>が分るるだろうか、と。

<城下町>の本来の姿・形と、そのようにデザインした藩の意図を知りたい、と思う。
別の言い方をすれば、<城下町>全体の明確なイメージを描きたい、ということだ。
そんな面倒はどうでもいい、楽しく散策できればそれでいい、のかも知れないが。

◆立ちはだかる難題
<城下町>の本来の姿・形を求めて散策するなら、別の発想のコースが必要となる。
それには、<城下町>の原型を正しく認識することが必要だ。
これがきわめて難しい:

1)堀は埋められ、石垣は崩され、櫓は破却されているため、城郭の全容が分らない。
  現代地図では、一部しか分らない。本丸はともかく、二の丸はかなり危うくなる。
  三の丸に至っては、形跡すらあいまいで、公共施設や学校用地になっている。
  城の表玄関の大手門は、町角に「跡」が示されているだけで、何が<城下町>だ。
    
2)城下の町割りが分らないため、『町』の構造が分らない。
  『町』の由来などを語る旧町名は、ごく一部の町を除いて廃されてしまった。
  町筋は、車社会にあわせて、直線的に拡幅や変更が行われた。
  重要な物流インフラであった水路は、車社会では暗渠化・埋立てで消滅した。

3)<城下町>の原型を描いてある古地図は、そのままでは利用困難。
  原版は大き過ぎ、縮小すると細か過ぎる。また、使用には著作権の問題もある。
  町名はほとんど記載されていない。町人町の屋敷割りはほとんど省略されている。
  古地図の方位や縮尺は不統一な部分があり、現代地図との重ね合わせは難しい。

現状からでは分らない、古地図も利用し難い、という難題に直面する。
かつての<城下町>の全体イメージを描く、新たな散策コースをどう見つけるか。
そのためには、もうひとつ、確認しておきたいことがある。

◆建物や景観の保護・復元の評価
櫓や武家屋敷、町屋、情緒ある景観などの保護・復元は、各地で進められている。
新発田でも、三階櫓と辰巳櫓が、2004年(平成16年)に、木造復元された。
さらに、二の丸・中の門、三の丸・大手門も復元されることを期待したい。

ただ、復元事業は、「観光スポットの追加」の発想に留まっているのが現状のようだ。
つまり、<城下町>の標準観光コースの補強に過ぎない。
多くの<城下町>が「復元」を競うのも、やや空しい感じもしてくる。

◆『バーチャル』散策の提案
いくら復元を進めても、<城下町>全体を復元することは不可能だ。
だから、「復元」にはおのずから限界がある。
従来型の「復元」では、<城下町>全体のイメージを再現することはできない。

そこで、発想を転換して『バーチャル』な散策を検討してみたい。
従来型では、<城下町>時代の建物や景観をリアルに保護・復元する。
部分的なの保護・復元により、部分的な<城下町>を体験するということである。

バーチャル型では、<城下町>の姿を実感できる『情報』と『仕掛け』を整備する。
現実には再現できない<城下町>の姿をイメージとして再現する。
断片を集めた散策ではなく、<城下町>自体を『バーチャル』に散策するのである。

(『バーチャル』散策の詳細は次回で)

2010年08月24日

城下町参考書を読む2

◆区立図書館へ
今日(8/24)は、相変わらずの猛暑の中、杉並区立阿佐ヶ谷図書館へ出かけた
ネットで探した2冊の本の内容をゆっくりと読んでみたかったからである。
近所の区立西荻窪図書館には、1冊しかなく、それも貸出し中だった。

JR中央線で2駅目の阿佐ヶ谷から、北へ徒歩12分で到着。
のはずが、曲る角が分りずらく、途中の八百屋さんで教えてもらった。
図書館はとてもきれいな建物で、中へ入って冷房でホッとする。

係りの人に、下記の2冊の書架へ案内してもらい、手にできた。
火曜日の午後であったが、閲覧席は満席で、雑誌コーナーに1席空いていた。
窓際で少々暑かったが、早速、読み始めた。

◆参考書2冊の評価
1)地図で歩く城と城下町    平凡社 2001年 \2,100
2)図説 日本の100名城の歩き方 河出書房新社 2010年 \1,980

1)は、例の古地図散歩シリーズの平凡社が、3年後に出版した簡易版。
古地図はなくて、現代の地図に散歩コースを点線で表示している。
地図はきれいな多色刷りで描かれていて、見やすいガイドマップになっている。

主な名所・旧跡などは説明されているし、名産品もリストされている。
ただし、コースのあらましも具体的な説明もない。
城と城下町は3つのグループに分けられている。

<城と城下町>グループは、弘前、金沢、彦根、姫路など。
城下町と城郭の両方の地図と散歩コースがあり、コース内容も充実している。
天守閣やお堀が残り、武家屋敷や町屋や街並みなども楽しめる。

<城下町>グループは、萩、村上など。(後日、町名を補充)
城郭は見るべき程であないが、城下町は楽しめる。
<城郭>グループは、新発田などで、残った城跡などを回る。

コースや情報に改めて得るところはないが、地図が美麗で役立つので購入する予定。
古地図散歩シリーズともども、平凡社の編集理念と技術はすばらしい。
本の内容とでき映えをみると、お買い得価格と思う。今後も期待したい。

2)は、財団法人日本城郭協会が選定した100名城の写真付き解説本。
城の研究者などで構成する委員会が、いくつかの基準で審査して決めた。
弥生時代以降ということであるので、吉野ヶ里や多賀城、足利氏館なども含まれる。

その反面、観光城下町である鶴岡や米沢、村上などは含まれない。
誰のための100名城かわからないが、どこか違和感がある。
いっそ120名城にして、より多くを選定した方がよかったと思う。

HPで見ると、100名城スタンプラリーの企画などをしている。
事業仕分けの対象法人かどうか分らないが、かなり暇そうだ。
この本は、城などの写真と簡単な解説だけなので、購入しないことにする。

◆参考書読みは一段落の締め
ネットの「本を探す」サイトで書名検索した本は、ほぼ全て確認できた。
ダントツは、平凡社の古地図散歩シリーズ(全9巻、絶版)であった。
これがあれば、他はいらないという位のものだ。

彦根と金沢の掲載巻は、来月になったら、中古品の購入を手配する。
今回の参考書読みは、これで一段落である。
個別の城下町の情報は、ネット検索で補充していくことになる。

2010年08月21日

城下町参考書を読む1

◆参考書の評価
このところ集めた参考書を、一通り拾い読みしている。
圧倒的に高く評価できるのは、「城下町古地図散歩」シリーズの3巻。
絶版本なのでAmazonで入手した中古品だが、いずれも新品同様だ。

◆城下町古地図散歩シリーズ
このシリーズは、平凡社が1995-98年に全9巻を発行した。(価格は、\2,800 or \2,900)
全国の城下町の古地図や図版(それぞれ複数枚の縮小版)と対応現代地図を掲載。
各城下町の歴史的沿革、城郭と城下の構成、散策例、独自の解説文などが含まれる。

◇城下町古地図散歩 3 松本・中部の城下町
◇城下町古地図散歩 5 萩・津和野・山陰・近畿2のの城下町
◇城下町古地図散歩 8 仙台・東北・北海道の城下町

古地図は縮小版なので読むのは困難なものがほとんどであるが、概要は分る。
歴史的沿革、城郭と城下の構成は、簡潔ながら極めて質が高く分り易い。
ただ、古地図と現代地図の重ね合わせがないので、散策のルートを実感できない。

拾い読みは、弘前、鶴岡、会津若松、新発田、米沢、松江、姫路、萩と進んでいる。
未入手の巻に収録されている所では、彦根、金沢などを読んでみたい。
猛暑の夏の「読む」はこのシリーズを中心に、<城下町>散策の基本構想を固めたい。

2010年08月17日

城下町参考書を集める

◆せっせと参考書集め
16日(月)は、猛暑の午後に、丸善書店の大手町本店に出かけた。
このところ集めている<城下町>参考書を内容確認して購入するため。
西荻窪駅まで歩いているだけで、熱中症になりそうな熱気。

暑い夏休みは本を読む、ということか、丸善はかなり混んでいた。
これだけ本を求める人が多いのであれば、日本はまだ大丈夫だと思ったりする。
日本衰退を叫ぶ経済学者には、見えない庶民のエネルギーかも。

で、あらかじめネットで店頭在庫を確認しておいた3冊を探し始めた。
で、すぐにギブアップ。あまりに本が多すぎて目が届かない。
で、近くの店員の方に、書名リストを見せて、SOS依頼。

検索端末で書架コードをリストして、探してくれた。
1冊目は、ギブアップした日本史関係の書架で、脚立を上って一番上から。
2冊目は、別の場所にある文庫本コーナーの端の一角。

3冊目は、ずっと離れた建築関係のところで、これも脚立で一番上から。
自力で探すのは相当難しい、たぶん不可能かも。係りの方に感謝。
内容を見て、3冊目の「図説 城下町都市」を購入した。

 ◇ ◇ ◇

Amazonでも4冊を購入。
1冊は、「日本の100名城 失われた景観と旅の楽しみ」で、翌日配送で購入。
3冊は、絶版のシリーズ物(全9巻)の中古品を出品業者から購入。

もう1冊、仙台市発行の「城下町仙台を歩く」を郵送で直接購入。
これは平成14年発行のものの復刻版で、たまたまネットで見つけた。
ハンドブック形式の本で、付録に大判の地図が付いている。

◆拾い読み中
どの参考書も、<城下町>別に書かれているので、拾い読みができる。
丸善購入のには、収録の53<城下町>に新発田がないのがきわめて残念。
もっとも、米沢、金沢、彦根、姫路、松山、熊本、鹿児島なども含まれていない。

いずれも大いに参考になってくれるが、検討中の<城下町>散策とは、かなり異なる。
<城下町>を<城下町>として散策する、ということには無関心だ。
新発田ではそれを実現できるのであり、そのことに確信を深めている。

2010年08月12日

城下町散策マップ開発(2)

◆『お城へ参ろう!』散策コースを組込み
新発田を散策するコースを、音声ガイド付きで策定した。
データを整え、プログラムを修正して、マップに組込んだ。
動きのテストがほぼ合格となったので、公開することにした。

<城下町>であるから、まずは『お城へ参ろう!』コースだ。
ちょうど、参勤交代の折に江戸から戻った藩主が、城へ入る道でもある。
こんなコースは、恐らく藩主以外は許されなかったであろう。

上鉄砲町から大木戸を通って城下に入る。
商いで賑わう『町』を抜けて、札の辻へ。
三の丸・大手門からは城内、二の丸を経て、本丸の表門に至る。

このロイヤル・ロード<藩主の道>は、昔の形そのままに残されている。
まるで忘れられ、ほとんど誰も意識していないけれど。
『お城へ参ろう!』コースは、そんな道筋をたどる散策コースである。

◆ナレーションは未完成
音声ガイドのナレーションは、まだ不十分だ。
特に、後半の三の丸と二の丸部分は、勉強不足を露呈。
写真も揃えて、充実させたいと思っている。

◆次の散策コース
すでに、あと二つの散策コースを策定した。
いずれも、明確なテーマのシナリオで描く<城下町>巡りとなる。
忘れられ、ほとんど誰も意識していないけれど。

2010年08月09日

城下町散策マップ開発(1)

◆「城下町散策マップ開発」に方針変更
これまでは、「新発田・写真マップ開発」を進めてきた。
しかし、新発田は<城下町>として散策するのが、実に楽しい。
それも全く新しい感覚で、<城下町>らしいコースをたどるのだ。

ということで、開発趣旨を「城下町散策マップ開発」に変更した。
基本の散策コースは、3~4本を予定している。
観光ガイドに載っているコースとは、異次元の世界となる。乞ご期待。

◆まずは旧町名を追加
開発中のモデルは変わらないので、13個の旧町名を追加した。
7月の現地調査の成果であるが、まだ4町ほど足りない。
旧町名の読みも確定できないものが残っている。

◆散策コースの設定
まずは、メインのコースを設定して、近日中に公開する予定。
ただし、7月には全く考えていなかったコースなので、適当な写真は足りない。
次回の紀行(9月下旬の稲刈り時)で補充することにしている。

2010年08月08日

城下町・新発田を見る(下)

◆新<城下町>のバーチャル用仕掛け
バーチャルな<城下町>には、それを可能にする仕掛けが要る。
訪問者には、仕掛けによって<城下町>のイメージをより鮮明に描いてもらう。
ハードとソフトの仕掛けを高度に有機的に統合することが肝要だ。

これらは、『新<城下町>創造計画』とでもいう20年位の計画で揃えていく。
計画を広く公表し、進行状況を公開し、新<城下町>の創造をアピールする。
早く完成して欲しいと思われるような計画を立案したいものだ。

仕掛けがある程度充実してくれば、堂々と主張できる。
・<城下町>散策なら新発田へ行こう。
・<城下町>学ぶなら新発田へ行こう。

◆いろいろな仕掛けの例:
1)旧町名を<通り>名として復活
まずは、旧町名の復活である。
復活といっても、『町』の軸にあたる通りの名称として復活する。
旧町名は、通りをはさんで割り付けられていたので、きわめて好都合で有効だ。

2)旧町通りに情報拠点を開設
バーチャル<城下町>の基本は、適切な情報を適切に提供することにある。
主な旧町通りに情報拠点を設け、情報端末や各町独自の展示を備え、ガイドも置く。
各情報拠点は、基本デザインを共通とし、4~5箇所に置く。

展示物は、使われていた道具類や作られていた製品、町のイラスト、歴史、町割り図など。
これらは、実物であっても複製、復元などでも、なんでも良い。
職人の『町なら』近辺に希望者を募って工房を開設し、展示・即売するのもいい。

『町』の貴重な情報源は、特に70歳代以降の方々だ。
<城下町>時代の賑わいを偲ばせる昭和20~30年代を確実に経験している。
ご健在なうちに、持てる情報をできるだけ提供してもらい、記録・集積・活用することだ。

3)道路環境の整備
主な旧町通りは、電柱の地中化、路面の装飾を進めることが望ましい。
<城下町>全体では、歩行者・自転車優先を原則とし、速度制限などを徹底することだ。
住民やボランティアの協力を得て、『町』を花で飾るようにもしたい。

4)大手門の復元
箱物としては、二の丸中の門と三の丸大手門をぜひ復元したい。
門の周囲の堀と石垣も、形だけであっても、あわせて復元する。
これで、上鉄砲町から本丸までの「登城」コースが実現される。

二の丸中の門の位置は、現在、県立病院跡地で空き地であるから、計画次第だ。
三の丸大手門の位置は、現在、新発田警察署が置かれている。
いずれ訪れる建物の更新時に、しかるべき地に移転していただくことを期待したい。

5)新発田城の復元コンピュータ・グラフィックス
美麗なる新発田城をコンピュータ・グラフィックスで復元する。
三次元の映像で、お城を自在に鑑賞できるようにする。
バーチャル新発田城である。

6)城下町資料館
城下町に関する資料・情報を総合的に管理する機能が必要だ。
新発田城の復元コンピュータ・グラフィックスもここで公開する。
JR駅前に分室を置き、観光案内所と併設して、観光案内サービスを提供する。

現在、市役所の移転が計画されているようだ。
跡地にこの資料館を置くのも一案で、図書館の正面でもある。
市役所は旧・三の丸の武家屋敷跡にあるので、三の丸情報拠点も置くといい。

7)お堀ブルーライン
お堀で残っているのは、本丸の堀の3割位で、他はすべて破壊された。
せめては、本丸全体と、二の丸中の門・三の丸大手門周りの石垣と堀は残して欲しかった。
痕跡も無いために、城の二の丸・三の丸の範囲が全く分らない。

そこを補うために、堀の跡を明示するマーカーを、道路に連続的に付けるのが一案だ。
ブルーのマーカーを見れば、そこに堀と石垣が存在したことを認識できる。
お堀ブルーラインは<城下町>のイメージの重要な要素となる。

8)城下町巡回マイクロバスの運行
旧町を巡回するマイクロ・デマンド・バスを運行する。
停留所名は旧町名とする。IC乗車券で一回100円とか、一日500円とか。
観光客だけでなく、住民も利用できればよい。

(キリがないので、ひとまずここで締めます)

◆まとめ
<しずけさや いわにしみいる せみのこえ>
芭蕉の名句で、一度覚えれば心に沁み込んで、一生忘れない。
思い出すたびに、情景が目に浮かび、感動する。

この17文字をランダムに並べたとする。
暗記しろといわれても難しく、暗記してもすぐに忘れる。
意味のない文字の羅列は、何のストーリーもイメージも生じないからだ。

 ◇ ◇ ◇

現在の<城下町>では、新旧の入り混じった観光スポットを渡り歩いて散策する。
相互のスポットに脈絡は無く、単発的な感動の繰り返しで、心に留まらない。
意味のない文字の羅列と同じである。

新<城下町>では、バーチャル用の仕掛けのある現在の<城下町>を散策する。
そこでは、過去の<城下町>をバーチャルなイメージに描きながら散策する。
明快な脈絡のストーリーがあり、イメージとして心に刻まれる。

 ◇ ◇ ◇

新発田は、新<城下町>を実現できるまことに稀有な存在である。
歴史と現在の<城下町>資産を活用し発展させることが、未来への課題である。
挑戦しがいのある課題と思う。

2010年08月06日

城下町・新発田を見る(中)

◆これまでの<城下町>
これまでは、<城下町>といえば、
城郭の遺跡物、庭園、武家屋敷、町屋、銅像、旧居、記念館など
を売り物にしてきた。

しかし、いまさら、過去の<城下町>を再現することは、不可能だ。
その不可能に近づこうとしているのが、一般的な流れだ。
天守閣を復元したり、町屋の街並みを整備したり、旧町名碑を建てたり、‥‥

しかし、所詮は本物には遠く及ばない。
観光スポットが増えるだけだし、一度訪れたらそれっきり。
金もかかるし、種も尽きる。

訪問者が通る道路も、次の観光スポットへ移動するための<単なる経路>に過ぎない。
移動自体に意味はなく、<城下町>体験は分断される。
訪問者の頭には、点々と観光スポットが残るだけで、脈絡がなく、多分すぐに忘れる。

◆バーチャル<城下町>
新発田には城下町時代の道がそのまま残っている。
特に、職人の町である三之町、四之町、職人町は、小路までが見事にそのままだ。
武家屋敷地区は、明治以降に建設された道路で寸断されたりしているが、十分な形が残る。

もちろん、現在の『町』には往時の面影は全くなくて、あるのは道だけ。
その『町』を<城下町>時代の情報でイメージを描いて散策する。これが実に楽しい。
つまり、シナリオと背景を用意して、<ストーリー>を創り出すのだ。

これが、バーチャル<城下町>である。
町並みや行きかう人々、賑わう店先、桶のタガををはめる職人、鍛冶屋の槌音、‥‥
まるで透明人間になって、江戸時代を歩いているかのように感じる。

<ストーリー>のある、鮮烈なバーチャル<城下町>体験だ。
こうした体験は、しっかりと記憶に残る。
そうして、また体験したくなるのである。

◆たとえ話
たとえて云えば、「長崎ハウステンボス」と「東京ディズニーランド」。
両者はきわめて対照的で、前者=本物志向、後者=バーチャル志向である。
前者は経営破たんし、後者は不況下で業績好調だ。

「長崎ハウステンボス」は、オランダの中世の宮殿などを忠実に復元した。
しかし、本物志向の枠の中では、変更・発展を図り難い。
一度行けばOKで、社会の消費性向の変化にもうまく対応できなかった。

「東京ディズニーランド」は、100%がバーチャルの世界のテーマパークだ。
ディズニーのキャラクタが登場して、いわば<イメージ>の世界を演出する。
ゾウが空を飛んたり、突如海賊が現れたり、ハチャメチャな<ストーリー>だ。

それが客を楽しませる。つぎの<ストーリー>を期待して、またディズニーランドへ。
客の興味を惹くイベントをつぎつぎと繰り出す営業政策もみごとだ。
ディズニーという基本理念は崩さないバーチャル志向は、大いに参考にしたいものだ。

◆新発田のバーチャル的方向
<城下町>は、テーマパークではない。
しかし、訪問者にディズニーランドのようなバーチャル世界を提供することはできる。
いかにも往時の<城下町>を散策しているかのような<イメージ>を創造するのだ。

新発田は、そういうバーチャル化要素をほぼ完璧に備えた稀少な<城下町>といえる。
新発田にないもの、それはバーチャルな<城下町>のエンターテイメント。
バーチャル化で新しい<城下町>を創造することには、未来への大きな夢がある。

(次回に続く)

2010年08月05日

城下町・新発田を見る(上)

◆見えない城下町が見えた!
新発田をひと回りする散策コースを考えたことを、前に述べた。
けっこう良いかな、というコースをたどってみた。
しかし、全く<城下町>気分を味わえなかった。

そこで、江戸時代の屋敷割り図や旧町名の由来を調べてみた。
かなり苦労して、自分で作ったマップに、お堀や旧町名を重ねた。
旧町名は、<通り>として扱った。

すると、江戸時代の町の仕組みが鮮やかに浮き上がってきた。
三ヶ所の木戸まで入れると、これはもう立派な<城下町>マップ。
つい、上鉄砲町から大木戸を通って、新発田城下へ入って行きたくなる気分。

このマップを見れば、<城下町>新発田が実によく分る。
しかし、堀や旧町名を非表示にすると、現在の新発田に戻る。
それは、お城の一部と寺町位が残る、地方の一小都市の姿そのもの。この落差。

◆城下町とは?
この前の新発田紀行(7/17-19)から戻って、少々勉強した。
ネット検索で、他の城下町の旧町名などを調べた。
弘前、仙台、彦根、金沢、宇和島、中津などの市のHP。

それぞれ、旧町名の由来を簡単に説明しているが、読み仮名の無いところがある。
旧町名は読み順だけで並べられ、ほとんどが地図と連動していないので、分りづらい。
当該地区にある名所・旧跡を紹介しているHPもある、といったところ。

また、<城下町>を中心にしたキーワードで検索した。
結果は、ほとんどが観光案内や旅行記、城の写真、天守閣の建築的評価などであった。
中に一編だけ、<城下町>そのものにつりて論じた資料が見つかった。

某大学教授の小論文(1957年発表)で、いろいろと参考になった。
ただ、学者の論文だから、半分以上を他の学者の説の引用と批判に費やしている。
耐えて、これを読んで<城下町>の旧町名の意味するところがよく分った。

たとえば、悩みの種であった旧町名の『町』の読みは(マチ)か(チョウ)か?
長岡では、武家屋敷では(チョウ)、町屋敷では(マチ)と厳格に定められていた。
仙台では、武家屋敷では『丁』(チョウ)、町屋敷では『町』(マチ)であった。

一般的には、武家屋敷では(チョウ)、町屋敷では(マチ)だが、例外も多い。
新発田の場合は、この原則があまり当てはまらない。(別途、報告予定)
『町』の読み方から、その『町』の位置づけも見えてくる。

<城下町>の『町』の配置も、なかなかに興味深い。
各『町』の町名と配置と屋敷割りから、その町のランク付けまで分る。
全体の『町』の構成と配置で、各藩の政治的防衛的な意図を推測することもできる。

新発田は、藩の意図が明瞭で、十万石と程よい規模で、代表的な『町』がほぼ揃う。
『町』の構成・配置も実に機能的で美しく、『町』の様子を表すが旧町名もある。
回ってみたくなる散策コースがいくつも浮かんでくる<城下町>なのである。

お城本体も、本丸、二の丸、三の丸の形の妙が印象的だ。
遺された本丸の石垣や堀や櫓を見れば、往時は最高位の名城であったと推察される。
これは、ぜひコンピュータ・グラフィックスで再現したいものである。

(次回に続く)