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城下町散策を考える~現状

◆<城下町>の散策コース標準版
<城下町>散策というと、概ね2つのコースが紹介される。
ひとつは、城郭の鑑賞コースで、もうひとつは、城下の散策コースである。
ほとんどのガイドブックなどで、ほとんど同じようなコースとなっている。

城郭鑑賞では、天守閣のある本丸や二の丸ななどを巡る。
姫路城、弘前城、彦根城、犬山城などが代表格だ。
天守閣、櫓、石垣、堀やそれらの作り出す景観、桜などを鑑賞する。

城下散策では、遺されている武家屋敷や町家、寺社、歴史的景観などを巡る。
萩、弘前、彦根、会津若松、金沢などが代表格だ。
歴史上の人物の生誕地、墓所、資料館、庭園、伝統工芸の工房なども含まれる。

標準的な城下散策では、いわば観光スポットを順につないでコースにしている。
良質な観光スポットの多い<城下町>が、良質な<城下町>ということだ。
ガイドブックは作りやすいし、観光客は手軽に回れるし、<城下町>自身も安泰だ。

◆標準コースで<城下町>が分るか
しかし、である。
そもそも<城下町>散策とは、観光スポットを回ることなのか、と最近思い始めた。
表面的に遺されたものを巡るだけで、<城下町>が分るるだろうか、と。

<城下町>の本来の姿・形と、そのようにデザインした藩の意図を知りたい、と思う。
別の言い方をすれば、<城下町>全体の明確なイメージを描きたい、ということだ。
そんな面倒はどうでもいい、楽しく散策できればそれでいい、のかも知れないが。

◆立ちはだかる難題
<城下町>の本来の姿・形を求めて散策するなら、別の発想のコースが必要となる。
それには、<城下町>の原型を正しく認識することが必要だ。
これがきわめて難しい:

1)堀は埋められ、石垣は崩され、櫓は破却されているため、城郭の全容が分らない。
  現代地図では、一部しか分らない。本丸はともかく、二の丸はかなり危うくなる。
  三の丸に至っては、形跡すらあいまいで、公共施設や学校用地になっている。
  城の表玄関の大手門は、町角に「跡」が示されているだけで、何が<城下町>だ。
    
2)城下の町割りが分らないため、『町』の構造が分らない。
  『町』の由来などを語る旧町名は、ごく一部の町を除いて廃されてしまった。
  町筋は、車社会にあわせて、直線的に拡幅や変更が行われた。
  重要な物流インフラであった水路は、車社会では暗渠化・埋立てで消滅した。

3)<城下町>の原型を描いてある古地図は、そのままでは利用困難。
  原版は大き過ぎ、縮小すると細か過ぎる。また、使用には著作権の問題もある。
  町名はほとんど記載されていない。町人町の屋敷割りはほとんど省略されている。
  古地図の方位や縮尺は不統一な部分があり、現代地図との重ね合わせは難しい。

現状からでは分らない、古地図も利用し難い、という難題に直面する。
かつての<城下町>の全体イメージを描く、新たな散策コースをどう見つけるか。
そのためには、もうひとつ、確認しておきたいことがある。

◆建物や景観の保護・復元の評価
櫓や武家屋敷、町屋、情緒ある景観などの保護・復元は、各地で進められている。
新発田でも、三階櫓と辰巳櫓が、2004年(平成16年)に、木造復元された。
さらに、二の丸・中の門、三の丸・大手門も復元されることを期待したい。

ただ、復元事業は、「観光スポットの追加」の発想に留まっているのが現状のようだ。
つまり、<城下町>の標準観光コースの補強に過ぎない。
多くの<城下町>が「復元」を競うのも、やや空しい感じもしてくる。

◆『バーチャル』散策の提案
いくら復元を進めても、<城下町>全体を復元することは不可能だ。
だから、「復元」にはおのずから限界がある。
従来型の「復元」では、<城下町>全体のイメージを再現することはできない。

そこで、発想を転換して『バーチャル』な散策を検討してみたい。
従来型では、<城下町>時代の建物や景観をリアルに保護・復元する。
部分的なの保護・復元により、部分的な<城下町>を体験するということである。

バーチャル型では、<城下町>の姿を実感できる『情報』と『仕掛け』を整備する。
現実には再現できない<城下町>の姿をイメージとして再現する。
断片を集めた散策ではなく、<城下町>自体を『バーチャル』に散策するのである。

(『バーチャル』散策の詳細は次回で)