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2014年10月07日

米作り「体験」~ピンからキリまでを

◆真の米作り「体験」とは
 要点は、つぎのようなものである:
  --・「伝統的米作り」を体験すること
  --・ピンからキリまで「体験」すること
  --・まずは、プロの作業を観察すること
  --・試行錯誤で実践すること

 ◇「伝統的米作り」を体験すること
  伝統的とは、田植え機や稲刈り機が使われるようになる以前の米作りをイメージする。
  昭和30年(1955年)頃までの様相である。
  この頃は、農薬も化学肥料も使われていなかった。

  とはいっても、牛馬で田を耕すわけにもいかないので、小型トラクタは必要であろう。
  その他も適宜調整して、できるだけ伝統的農法を実現する、ということである。
  いわば『百姓』の農業であるが、実践経験のある人は、既に、70代以上になっている。

 ◇ピンからキリまで「体験」すること
  先にも触れたように、「田植え」と「稲刈り」だけの「体験」では意味がない。
  米作りのピンからキリまで「体験」することが不可欠である。
  88の手間は一つでも省けない、と理解して初めて、真の「体験」となる。

  こうして、各作業の相互関係が理解できる。
  米作りの全体像を理解できる。
  米ができるまでの自然との関わりも理解できる。

 ◇まずは、プロの作業を観察すること
  「体験」の第一歩は、農業の職人(百姓)の仕事ぶりをじっくり観察することだ。
  職人の技、芸能の芸は、基本的には、観察して盗むものである。
  受け身で教えられるのではなく、自ら観察して、知識・知恵を取得するのである。

    ◇ ◇ ◇

  現代の機械式農法では、このような知識・知恵は得られない。
  現代のの米作りは、単純な米製造業と化している。
  田んぼは、米を作るためだけの場になっている。

  サラリーマンの仕事ぶりも、観察する価値はない。
  朝、出勤して、夜、帰宅するだけだから、途中はブラックボックスだ。
  観察したとしても、会議やパソコン操作や電話応対なぢで、何の価値もない。

 ◇試行錯誤で実践すること
  観察の結果を活かし、必要な指導も受けて、作業を実践してみる。
  試行錯誤をしながら、作業のコツを覚えていく。
  こうして得た知識は、身に付いた知恵になっていく。


  ◇ ◇ ◇

 米作りは、本来、自然と百姓の技・心が織りなす営みなのだ。

2014年10月03日

米作りの「体験」~イベントへの疑問

◆米作りの「体験」イベント
 米作り体験ということで、「田植え」や「稲刈り」のイベントが多く行われている。
 「田植え」では手で植え、「稲刈り」では鎌で刈り、天日干しにする。
 いずれも、現代の機械式農法ではなく、伝統的農法を採用している。

 米作りの「体験」とは、土と米に直接接することだ、と認識されているからだ。
 機械式農法では「機械の操作の体験」しかできない、といえる。
 しかし、その伝統的農法の「田植え」と「稲刈り」の「体験」にも、落し穴がある。

◆イベントの裏のエピソード
 たまたま、新発田の喫茶店で相席した方からこんなエピソードを聞いた。

 ある小学校で休耕田を借りて、生徒に「田植え」と「稲刈り」の体験授業をしている。
 「田植え」と「稲刈り」はいいのだが、その間の稲の管理は父兄が交代で担当する。
 ところが、どの父兄も一年で辞めてしまい、引き受け手がなく困っている。

 なぜか?
 ひとつは、田んぼの管理がきわめて大変な作業であることだ。
 担当父兄の仕事や生活に重い負担を強いられる。
 
 ふたつには、外野から、遠慮ない批判が浴びせられること。
 水管理、追肥、草取り、病虫害防除などが、ダメとか、ああしろ、こうしろとか。
 もう、やってられないよ!

◆イベントによる「体験」の落し穴
 米作りは、88の手間がかかるという。
 その中の「田植え」と「稲刈り」だけをピックアップする。
 それが、ほとんどの「体験」イベントである。

 しかも あらかじめいろいろとお膳立てされた「体験」だ。
 また、一人が植えるのはせいぜい1列か数列。
 実際のの田植えは、大きな田んぼで朝から晩まで植え続ける。

 米作りには、エピソードでも触れたように、たいへんな作業が隠されている。
 それが「体験」されることはない。
 イベントは、「田植え」ごっこ、「稲刈り」ごっこに過ぎない。

 特に、子どもには、本物の米作りの全ての作業を「体験」させるべきであろう。

2014年09月29日

米仙人のハサ掛けは中止~2014

◆米仙人(92)のハサ掛けは中止
 猿の被害が深刻である。
 人家の周辺にも出没する。
 畑を荒らし、田んぼの稲まで食い荒らす。

 そのため、今年はハサ掛けを中止した。
 コンバインで刈り、機械乾燥する。
 「ハサ掛け米」を味わうことはできない。

◆『伝統的米作り』の理想郷
 仙人は、小型の田植え機とバインダとハサ掛けで30数年間、米を作ってきた。
 数年前、田植え機が壊れ、娘さんの提案で『手植え』の田植えに戻した。
 さらに、バインダが壊れ、娘さんの提案で『手刈り』の稲刈りに戻した。

 仙人父娘は、図らずも『伝統的米作り』の田んぼを実現したのである。
 ここの田んぼは、周囲の環境を含め、自然農業の理想郷にきわめて近い。
 仙人の田んぼを継続・発展させるよう尽力しなくては…。

◆至急、猿対策を!
 猿対策には、モンキードッグの活用が即効性があり効果的だ。
 モンキードッグとは、猿を追い払うように訓練された犬のこと。
 認定を受けた犬は、リードを外して、猿を追い払うことができる。

 仙人が、以前、飼っていた「クロ」はその役割を完璧に果たしていた。
 仙人宅は田んぼと隣接しているので、犬が猿の気配を感知して騒いだら、放てば良い。
 モンキードッグの導入を検討して欲しいものだ。

2012年12月04日

古代米作りに「農の心」

◆古代米を作るHさん
西長柄のHさんは、委託を受けている分と合わせ、約4ha(4町歩)で米を作ってきた。
集落のリーダーとして、JA(農協)の方針に沿って、コシヒカリを作ってきた。
残念ながら、高齢のため今年で米作りを引退することとなった。

そのHさんは、なんと、機械化農業の田んぼの一隅で、古代米(黑米)を作り続けていた。
古代米とは、現代の品種改良された米と異なり、古代の原種に近い米である。
黑米は、米粒の種皮と果皮に紫黒色のアントシアニンを含んでいる古代米である。

黑米は餅米系なので、ふつうの米に少量混ぜて炊く。
炊き上がると、白米が薄いピンクに染まって、赤飯のようになる。
ご飯の味はほとんど変わらないが、色合いを楽しんで食べられる。

  ◇  ◇  ◇

Hさんは機械化が進む前の農法で古代米を作っている:

-- ・種もみから苗を育て、田んぼに手で植えて、実ると手で刈る。
-- ・刈った稲を束にして竿にかけ、天日干しにする。
-- ・旧式の小型脱穀機で脱穀し、籾すり機で玄米にしてできあがり。

田植え機もコンバインも使わない。
三十年位前の古い機械を使うだけ。
次は、脱穀作業を初めて撮った写真で、年に1時間半位しかないチャンスであった。

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◆なせ?
手間をかけて、なぜ黑米なんかを作るのだろうか?
売るために作るわけでもないし…。
趣味にしては作業がきついように思われるし…。


◆「農の心」を読む
10月に初めて、黑米の脱穀作業の現場に出会い、じっくりとHさんの動きを拝見できた。
そこで実感したのは、実に丁寧で緻密で確実な<心のこもる>作業であった。
後片付けまで含めて、作業に見とれてしまった。

頭の中にその時のイメージが残って、グルグルと回っていた。
11月の下旬に、このイメージと「なぜ?」という疑問が、ふと合体した。
そうだったのか!

-- ・Hさんは、本当にやりたい米作りをしているのである
-- ・機械に頼らず、できるだけ手で触れる米作りをする
-- ・黑米は素朴な古代米で、コンバインになじまず、手作りそのもので作る

これはHさんが胸の内に秘める「農の心」=「百姓の心」なのではないか。
ただし、ご本人が語ってくれたわけではなく、あくまでも推測である。
今度お会いした時、ぜひ確かめてみようと思う。

2012年09月23日

米仙人のハサ掛け~2012

◆米仙人のハサ掛けはどうなるか?
米仙人(90)は既に引退を宣言している。
今年の稲刈りはどうなるのか?
で、確認のため、直接仙人宅を訪れた。(9/19)

◆ハサは準備されていた!
親戚の車で仙人宅に着くと、なんと、ハサが立てられていた!

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仙人は、いたって元気で「娘が立てた」という。
娘さんがハサ掛けをやる気なので、仙人が指導して作業したのだそうだ。

◆稲は手で刈る
実は、稲刈り用のバインダが壊れてしまった。
部品を探してもらっているが、古い機械なので多分ダメだ。
娘さんは「手で刈る」ことにしている。(雨が上がったら)

◆歴史を遡る
仙人は、小型の田植え機とバインダとハサ掛けで30数年間、米を作ってきた。
数年前、田植え機が壊れたので『手植え』の田植えに戻った。
今年は、バインダが壊れたので『手刈り』の稲刈りに戻る。

◆『伝統的米作り』の理想郷
仙人父子のこのエネルギーは、並大抵ではない生命力から湧き出るものだ。
図らずも実現される『伝統的米作り』の田んぼは、我が理想郷そのものである。
ここの田んぼを継続・発展させるよう尽力せねば…。

2012年09月22日

西名柄の稲刈り~2012

◆Hさんの引退の稲刈り
西名柄のHさん(75)が今年の稲刈りで引退する。
その稲刈り(9/18)の撮影に、新発田へ出かけた。
当地は台風の影響のフェーン現象で酷暑に見舞われていた。

◆いつもの田んぼの稲刈り風景
自転車で田んぼへ到着すると、Hさん夫婦は作業の真っ最中。
いつも撮影するポイントの田んぼを刈り始めたところだった。
早速、刈終わっている手前の田んぼへ入って、カメラとビデオで撮影を開始。

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◆真剣な眼差し
コンバインを操縦するHさんの、真剣な眼差しに改めて気付く。
いささかもスキのないその姿は、とても引退する75歳の高齢者には見えない。
むしろ、炎天下で無心に作業にいそしむ農業者(百姓)の姿であった。

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◆夫婦の共同作業
日本の米作りは、機械化が進んだ結果、夫婦の二人三脚の共同作業となった。
稲刈りでは、ご主人がコンバインで刈り、脱穀した籾を奥さんが軽トラで集荷場へ運ぶ。
息の合った夫婦の効率的な作業システムができているのである。

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◆感謝のことば
Hさんとの出会いは、2006年、通りかかった農道で田植えをしているところであった。
以来、田植えと稲刈りを中心にいろいろな作業を見せていただき、お話も聴かせてもらえた。
快く迎え続けてくれたHさん夫妻に、深く感謝の意を捧げたい。そして、ご苦労様でした。

2012年06月30日

新たなお付き合いの始まり

◆長畑のYさんとの出会い
以前、居酒屋で数回お会いした農家のYさんは、自称『百姓』。
無化学肥料無農薬の米作りと養豚を営んでいる。
(長畑は西名柄から約1km西の加治川沿いの集落である)

昨年の10月末に「えり奈」で飲んでいる時、子ヤギの話が出た。
Yさんはヤギを飼っていて、毎年春に子ヤギが生まれる。
6月末頃に希望者に譲るため出荷するという。

「乳離れをしたら子ヤギに会えますよ」とおっしゃる。
他にもいろいろと話したが、このことが特に印象に残った。
ぜひ子ヤギに会いに行こう、と決めたのであった。

◆大いに語り合う
JR東日本のジパング会員パスを利用して新発田へ出かけることにした(第70回)。
その際、Yさんと「えり奈」で一席設けることで日程を調整した。
6月17日(日)の夜、小座敷でさしで延々と語り合った。4時間半!!

◆メェメェ子ヤギ
翌18日(月)の午後、レンタサイクルでYさん宅を訪問。
座敷で歓談、エサの時間に合わせて子ヤギに会い、畑を案内していただいた。
子ヤギはまだ幼く抵抗力がないので、少し離れた柵越しの面会。

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子ヤギの写真とビデオは、我が孫(2歳半の元気な男の子)へのカワイイお土産だ。
来年は、孫を新発田へ連れて行こうと思っている。
今からとても楽しみである。

(Yさんの『百姓』ぶりは、別途まとめます)

2012年06月29日

もう一人の引退宣言

◆西名柄のHさんの引退
6月20日(水)の午前、西名柄のHさん宅へ。
ご自宅でお話するのはずいぶんと久しぶりである。
いつもと違う座敷に通さた。

5月に撮影した写真を差し上げるなどして、話が進む。
タイミングを図っていたかのように、Hさんはキッパリと言った。
「今年で米作りを止める」と。

「もう75歳だから。あとはJAに委託先を探してもらう」
どこか人生の区切りをつけたような爽やかな顔であった。
一瞬、驚いたが、「そうか、そうなりますか」と納得もした。

◆今年の稲刈りが最後
つまりは、今年の稲刈りが最後ということだ。
ご無沙汰していたHさんの稲刈り風景は、ぜひ撮影せねば。
できれば、ハイビジョンのビデオカメラを用意したいののだ。

◆Hさんの米作りの姿勢に学ぶ
Hさんの米作りは現代の機械化方式である。
栽培方法もJAの指導基準に沿ったものである。
しかし、それで終わらないところにHさんの心意気がある。

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随所で見せる『土への慈しみ』の姿。
これは『伝統農業』では普通であった『百姓仕事』の作業姿なのだ。
それらは機械化の進む中で、ほとんど消滅してしまった。

現在70代以降の農家の人達は、それらの『伝統農業』を体現できる貴重な世代である。
『伝統農業』は日本人そのものを育んできた『日本人育成システム』でもあった。
『伝統農業』による『日本人育成システム』の再生には、70代『百姓』の力が欠かせない。

Hさんにはこのまま引退してもらいたくない。
『百姓』として、ある程度、現役で活躍して欲しいと思う。
そういう場をぜひ創り出したいと思っている。

2012年05月21日

米仙人の引退

◆引退宣言
ついに来たるべき時が来た。
米仙人が<引退>を宣言した。
サバサバと「いつまでもやってられませんわね」。

今年で満90歳。
よくぞこれまで続けて下された。
ひたすらに感謝、感謝のみである。

あとは、やる気十分の娘さんに託す。
娘さんは仙人の指導を受けながら、田植え枠を懸命に転がしていた。
わが親戚の奥さんは黙々と手植えを続けていた。

もちろん非常に寂しい。
個人的というより、日本社会にとって寂しいと思う。
ただ、しばらくはこの寂しさに深々と浸りきるつもりだ。

 ◇ ◇ ◇

米仙人は、この冬の豪雪の雪かきで体力を消耗したという。

2011年10月24日

米仙人のハサ掛け2011~第三編

◆稲刈りとハサ掛けのビデオ
稲を刈って、それをハサに掛けるのが順序である。
現場に到着した時、ハサ掛けの作業中であった。
そこで、写真もビデオも、ハサ掛け→稲刈りの順となった。

ビデオは、主な場面はほとんど撮れていた。
ただ、刈られた稲束を集めて一輪車に乗せる作業が抜けていた。
補助的な作業だが、けっこうな労働である。

ハサ掛けは、稲束を渡す人と掛ける人の共同作業である。
昔は、高いハサの上段には、下から投げ上げて渡した。
そこには、息の合った緻密な連繋プレーがあった。

稲刈りは、仙人がバインダを運転して行う。
昔は、鎌を使って手で刈った。
人手があれば、手で刈るのもいいかもしれない。

バインダは、二条(列)の数株を刈ってビニール紐で縛って放り出す。
手で刈ってもバインダで刈っても、効率が違うだけだ。
でも、エンジン音が少々うるさいのと、やはり人間臭ささには欠ける。

仙人は、田んぼ一枚を一気に刈り上げる。
途中で一息入れるなどしない。
恐るべきスタミナと集中力である。

 ◇ ◇ ◇

ビデオは「ハサ掛け」と「稲刈り」にそれぞれまとめて編集した。

稲刈り

ハサ掛け

2011年10月21日

米仙人のハサ掛け2011~第二編

◆稲刈りとハサ掛けのアルバム
仙人(89歳)が作業に集中する姿には、すごい迫力がある。
神経をとぎすませ、スキがなく、ムダもない。
そんな仙人の一瞬をカメラに収めることを心がけた。

また、ハサのある風景をしっかり記録することにも気を配った。
作業にいそしむ人達を包むのどかな田園の風景。
失ってはならない日本の原風景を実感しながらシャッターを切る。

 ◇ ◇ ◇

12枚の写真でアルバムをまとめた。→アルバム
全体が黄金色に染まっている。
紅一点の赤トンボを撮り忘れた。残念、来年こそは。

2011年10月09日

米仙人のハサ掛け2011~第一編

◆9/28(水)に稲刈りでした
仙人の稲刈りは、予定を1日遅れて、28日となった。
前々日の26日の夜に新発田入りして待機していた。
当日の午後、ほぼ快晴、親戚の車で現地へ。

◆稲刈りとハサ掛け
仙人と娘さんが、もう3分の1程、作業を進めていた。
撮影にはちょうど良いタイミング。
挨拶を交わして、早速、ビデオを構える。

親戚が仙人のハサ掛けを手伝うところから始まった。
天気良し、作業良し、虫の音良し。
この趣きのあるムービーを紹介させていただく。 →ビデオ

 ◇ ◇ ◇

仙人(89歳)の身のこなし、手さばきがすばらしい。
稲束を手際よく渡す親戚、ワラの擦れる音、軽い会話、娘さんんの声も。
そして、にぎやかな虫の音(コオロギ?)のバックコーラス。

2011年06月24日

米仙人の手植え2011~ビデオ編

◆手植えに思う
農村の原風景といえる手植えの作業。
田植えの機械化は、ほんの50年ほど前からだ。
それまで、千年以上も手植えが続けられていた。

そこには、機械化で失われた日本人の心の世界がある。
現代社会が忘れてしまった<和>の風景がある。
のどかな自然の中の作業に、凛とした厳しさが漂う。

田植えは、米作りのキーポイントだ。
ここで秋の実りの程度が決まる。
農家にとっては、生活にかかわる真剣勝負の作業なのである。

◆手植えの風景
今年は、新助っ人も加わり、3人で植えた。
この人たちは、手当てを貰うわけでもなく、全く自主参加だ。
仙人の娘さんは当然かもしれないが、それでも普通じゃない。

誰もが楽しみながら作業を続けるが、ボランティアでもない。
手植えでは一株一株に手抜きは許されない。
緊張感とゆとりの織り成す<和>の桃源郷。

◆ビデオ撮影(5/23)
写真と異なり、ビデオはこの風景をリアルに記録できる。
撮影のための演出はしないので、不十分なところはある。
それだけに、かなり、ありのままの映像になっていると思う。

実は、ハイビジョンで撮影しておきたい。
で、秋までに新しいビデオ機を用意する予定だ。
ハサ掛けは、より質の高い映像で記録できると思う。

2010年12月30日

2010年産米の味(1)

◆米仙人の『ハサ掛け米』
12月中旬に、ハサ掛け米30kg(玄米)が届いた。
精米して、水加減を試行錯誤して、3回目に十分満足できる炊き上がりとなった。
水加減は、わが小型標準的炊飯器の水量メモリの80%にセットした。

やはり、とても<おいしい>。
市販の米とは全く違うのだ。
ことばで表現するのは難しいが、云ってみれば‥‥、

 ・炊いているときに、とてもよい香りが漂う
 ・食べるとき、粒々感がある
 ・米粒には強い粘りがあるのに、米粒同志はくっつかない
 ・ほのかで優しい甘みがある(有機栽培のせいだと思う)
 ・冷えても、電子レンジで炊きたての状態に復活する
  (天日乾燥とおひつ利用のおかげと思う)
 ・手植えやハサ掛けの光景を思い浮かべ、味わいが深くなる

このところ、ご飯の量が2割ほど増えた。
そのため、ベルト回りが少々きつくなっているようだ。
気をつけねば。

◆市販の『魚沼産コシヒカリ』
11月下旬に、スーパーで『魚沼産コシヒカリ』を買って食べてみた。
米の味について語る際、はずせないブランド銘柄だからだ。
2kgで 1,499円の価格は、他銘柄の米の5割高であった!!

さて、以下ではこの米をきびしく評価することになるが、お断りが必要だ。
評価は、購入した袋に入っていた米についてのものである。
<魚沼産コシヒカリ>全般に対するものではない。

 ◇ ◇ ◇

結論は、<おいしくはない>(仙人の米に比べて)である。
理由は、本物の上質の魚沼産ではなく、<ブレンドされた魚沼産もどき米>だからと推測する。
純粋で上質の魚沼産なら、ずっと<おいしい>はずだ。

つまり、『魚沼産コシヒカリ』というブランドに便乗した、もどき商品だ。
ほどほどの品質の魚沼産をベースに、粘りや香りや食感を加味する米をいろいろブレンドする。
それによって、魚沼産ブランドで売れる米の量を増やし、ブランド力に便乗して高値をつける。

消費者は、魚沼産ブランドに惹かれ、価格も高いからかえって信用して買う。
うまくもない店頭販売の魚沼産(高級感のある包装袋)を、『魚沼産コシヒカリ』として味わう。
米穀業者はほくそ笑み、消費者は自己満足する、という構図が見えるのである。

 ◇ ◇ ◇

米仙人の米と比較すると、分りやすい。
炊飯器もおひつ(曲げわっぱ)も同じで、水加減をいろいろ変えて試した。
それでも以下のような評価になる。

 ・炊いているときに、とくに香りが漂うことはない
 ・米粒には強い粘りがあるが、米粒同志がくっついてしまう
 ・有機栽培ではないから、優しい味わいはない
 ・冷えると、米粒同志がくっついて固まり、電子レンジで暖めても元に戻らない

以上は、2010年産のスーパー店頭販売の『魚沼産コシヒカリ』の場合である。
ただし、2009年産の場合の商品は、十分に<おいしかった>。
要は、価格やブランドや包装デザインではなく、自分の舌で評価することが肝要ということだ。

2010年12月28日

2010年の米作り見聞録考

◆2010年の反省
今年は、特に田植え以降の記事が少なくなってしまった。
書きたいことは、かなりあったはずなんだが。
反省と言い訳は次のようなもの:

 ・天候不順で、農作業と訪問のタイミングが合わなかった
 ・5月の連休中から、突如、城下町新発田にエネルギーを集中した
 ・見聞のやり方に限界を感じ、切っ先が鈍った

◆米作り見聞の限界を感じる
米作りにおいて、田植えや稲刈りはよく目立つ<イベント>である。
分りやすく展開されるから、写真やビデオのよい素材である。
いわば、『絵』になる、ということだ。

しかし、米作りは約半年間の<継続作業>である。
田植えまで、田植えの後、そして稲刈りまで、農家の作業は絶え間なく続く。
田起し、播種、育苗、水の管理、追肥、溝切り、薬剤散布、機械の手入れ、などなど。

ひとつとして欠かすことはできない。
稲は、生き物であり、自然の中で毎日成長する。
農家は、それと毎日関わり続ける。

時々、東京から出かけて、米作りの断片を切り取る。
当初は、田植えや稲刈りに夢中になった。
やがて、合い間の作業にも、眼が行くようになった。

たとえば、広く拡がる田んぼで、、炎天下、たった一人で黙々と溝切りをするHさん。
その後姿は、ひたむきに米作りにいそしむ男の背中を見せている。
あの感動の場面は、瞼にしっかりと焼き付いている。

たとえば、夕日を浴びて、田植え前のあぜを鍬で鏡のように磨き上げていた米仙人。
土を慈しむ姿は、神々しいほどの光の世界の中にあった。
あのあぜの輝きは、これも、瞼にしっかりと焼き付いている。

見えにくい地味な米作りに込められた人の心を、どれほど感じ取っていたのだろうか。
そのことに限界を感じ始めていた。
空しいというか、農家に申し訳ないというか。

ひとつの解決策は、新発田に半年間は続けて滞在し、田んぼに通うということだ。
いや、そうするしかないと確信する。
やがては、実現したいと<楽しみ>にしている。

(マスコミが流す米作りの<虚像>をぶっ飛ばしてやらねばならない)

2009年10月03日

実りの秋2009:茶飲み話

◆農家での茶飲み話
9月下旬、稲刈りが雨で中止になった日、新発田・西名柄のHさん宅。
雑談をしていると、庭先に近所の農家の人が次々と顔を出す。
「上がってお茶飲んで行けや」とHさんが声をかける。

で、お昼に失礼するまでに、四人の方が入れ替わりで立ち寄った。
話の半分位は、ことばも経緯も分からなかったが、いくつかのことに気がついた。
農家の人達の茶飲み話を伺う貴重な時間の中に、農業の抱える問題が垣間見えた。

◆味が話題にならない
刈入れの進み具合、実り具合、大規模化の問題、土建業者の農業参入、などなど。
しかし、「米の味」は話題に上らなかった!
さもありなん、ではある。

多くの農家は、JAのカントリーエレベータに米の乾燥と籾摺りを依存している。
JAの指定する品種、肥料、農薬を使用して米を作る。販売もJA依存だ。
JAの受入れ検査基準をパスすれば、収量×基準米価の売上げになる。

カントリーエレベータでは、各農家の米が混合されてしまう。
農家は、自らの味や品質ではなく、JAの検査基準に合わせて米を作る。
その米が「新潟コシヒカリ」として、消費者に販売されている。

 ◇ ◇ ◇

例の米仙人は、味を求めてハサ掛けをしている。
また、十数haの米作りをしている農家では、食味計で高評価を得たと自慢していた。
自前で米の乾燥と籾摺りを行い、直販をしている農家である。

◆農家の仕事を奪う機械化
「高い機械を使って、作業(田植え、稲刈り)はあっという間に終わってしまう。
あとはヒマでやることがない」とポツリ。
機械が農家の仕事(人が営む)を奪っている!

人の重要な生き甲斐は、仕事をすることで、そこに社会との接点がある。
農家にとっては、米を作ることが生き甲斐だ。
機械化、大規模化は、中小規模の農家の仕事を奪い、生き甲斐を消滅させている。

高齢化と後継者難、経営効率の低さを解決しようと、農地の集約が推進されている。
が、官僚・学者の机上の計算では、多くの農家の生き甲斐など全く無視されている。
経済の論理で社会を切り刻む政策は、早急に改めるべき時期にきている。

2009年10月02日

米仙人:ハサ掛け作業

◆ハサ掛けの作業
仙人は、一人でハサ掛けをする。
ふつうは、稲束を渡す人と掛ける人の二人一組。
そのための工夫がある。

五段のハサをやや低めに組みあげる。(これも毎年作り直す)
下の三段には、一輪車で稲を運んできて掛ける。
上の二段には、軽トラックで稲を運んできて、荷台にのって掛ける。

今回は、滞在時間中には、仙人の一人ハサ掛け作業を撮影できなかった。
自分と親戚で、傍観しているわけにもいかないところがあったためだ。
ありのままを記録するということは、なかなかに難しい。

それでも、仙人と共にハサ掛けをしたホンのわずかな時間は、貴重な体験であった。
仙人の作業の流れが分かったことと、撮影のポイントを把握できたことも大きい。
来年こそは、仙人の作業の全体を撮影できるように、今から気合を入れている。

ということで、仙人と親戚の二人一組のハサ掛け作業。
下から稲束を渡す、それを1対2に分け、竿に掛けてぎゅっと詰める。
この作業の繰り返し。

親戚も若い頃、散々にハサ掛けをやっていた。(やらされていた)
天気の様子を見ながら、刈った稲はその日の中にハサに掛ける。
暗くなるまで作業を続けたそうだ。 (さすがに手際がよい)

自分は、バインダーで刈った稲束を山にまとめる作業をした。(それしかできない)
しかし、数分でたちまち腰と膝がくたびれて痛くなる。 情けない。
農業ではこういう作業を、延々と続けなくてはならないのである。

◆ハサ掛けのあと
約3週間後、稲は自然の中で乾燥を終える。
ハサからはずした稲束は、脱穀機で脱穀(もみ殻の付いた米粒をワラから分離)する。
それから、籾摺り機でもみ殻を除いて、玄米にする。

この作業工程も見てみたいが、仙人の側に張り付いていないとムリのように思う。
米作りは、一連の作業が、連綿と続く。
それを見届けるには、相当の努力と粘りと時間と幸運が必要だ。

◆ハサ掛けの効用
ハサ掛けは、優れた米の自然乾燥法だ。
日中、陽射しを浴びて米粒の表面から水分が蒸発する。
夜間、冷気に触れて米粒は収縮し、奥の水分が表面方向に滲み出てくる。

途中、雨も降るし、強い風も吹くし、自然のままだ。
逆さに掛けられているから、ワラの軸に残っている養分が米粒に降りてくる。
これがハサ掛けの天日干しだ。

最新の乾燥機は、コンバインで脱穀した米粒を、温風で舞わせるようにして乾燥する。
何回か操り返すせば、奥の水分も除かれる。 しかし、暗黒のサイロの中での乾燥だ。
天日には当たらないし、ワラからの養分補給もない。

◆仙人のこだわり
仙人はバインダーで刈り、ハサで天日乾燥する。
コンバインも乾燥機も使わない。
「ハサ掛けの米はうまい」からだ。

化学肥料も農薬も使わず、土を守り、安全な米を作り続ける。
そんな仙人のこだわりの集大成を、形で見せてくれるハサ掛けの風景。
西に傾きかけた陽射しに金色に輝いていた。


(写真は、9月27日に撮影)

2009年10月01日

米仙人:稲刈り作業

◆ハサ掛け用の稲刈り
稲をハサ掛け用に刈るには、コンバインを使わない。
それでは脱穀(穂から籾をそぎ落とす)されてしまう。
よって、仙人はバインダーを使う。

バインダーは以前はふつうに稲刈りに使われていた機械。
自走式の小型エンジン付きで、後ろからハンドルで走行を操作する。
稲を左周りに、一条ずつ刈っていく。

◆仙人の稲刈り
まず、田んぼの隅の稲を鎌で手刈りする。
バインダーを田んぼに入れる空間を作るため。(コンバインでも同様)
仙人の作業は実に手早く、サッサッサッと刈り終える。 撮影する間もなし。

バインダーは、一条で5~6株位を刈ると、ビニール紐で縛って、田んぼに放り出す。
つぎつぎと稲束が田んぼに並んでいく。
単調ながら、緊張感のある力仕事が続く。

仙人は粛々として、無駄のない動作で、途中で休むこともない。
娘さんが稲束を、ところどころに山積みにまとめている。 陽射しがかなり強い。

小さな田んぼではあるが、30分程で一気に刈り終えた。(87歳!)

(写真は、9月27日に撮影)

2009年09月10日

米仙人の稲穂の輝き

◆仙人の田んぼへ
9月5日の夕方、親戚の車で仙人の田んぼを訪れた。
仙人は、田んぼの脇の畑で草を刈っていた。
除草剤は使わないので、鎌で刈る。

◆輝く稲穂
田んぼは黄いろく色づいていた。
いや、遅い午後の日差しに、キラキラと輝いていた。
段々の田んぼが軽く浮かび上がっているように見えた。

爽やかで、鮮やかで、豊かで、小粋で、優しくて ‥‥
すっくと伸びて、全体に実りの力があふれている。
仙人が手塩にかけた稲穂の田んぼ。

◆宮沢賢治の世界
ふと「どんぐりと山猫」の一場面を思い浮べた。
山の中のカヤの木に囲まれた、美しい黄金(きん)いろの草地。
ここで、山猫の裁判官が黄金色のどんぐり達の争いを裁く童話。

そんな宮沢賢治の世界をほうふつとさせる仙人の田んぼ。
澄みきった心象のイーハトーブ。
この世で巡り会えた不思議。

◆次は稲刈りとハサ掛け
下旬には稲刈りだ。 刈った稲は、すぐハサ掛けするという。
見学、撮影させていただくことを了解していただいた。
ひたすら楽しみである。

2009年08月25日

分づき米と家庭用精米器

◆玄米を精米する
ハサ掛け米は玄米でいただいた。
そこで、精米器を買うことにして調べてみた。
精米には、分づき米と白米がある。

分づき米(ぶづきまい)とは、玄米を精米する度合いを表わしている。
・玄米 → 3分づき → 5分づき → 7分づき → 白米
となる。それぞれは次のように精米される。

「玄米の構造」へ

◇3分づき米:果皮のすべてと種皮の一部を除いたもの。
◇5分づき米:種皮を半分程度まで除いたもの。 胚芽(はいが)は残っている。
◇7分づき米:種皮を除き、糊粉層の一部まで除いたもの。胚芽は少し失われている。

◇白   米:胚乳部分のみを残して精米したもの。

もうひとつ胚芽米というのがある。
◇胚 芽 米:胚芽を残して精米したもの。 糊粉層の一部も残る。

「胚芽米」は、特殊な精米機と精米技術を必要としている。
かつ、商品として販売するには、検定機関の認証を受ける必要があるそうだ。
しかも、一部の品種以外はまだ難しいらしい。

玄米→白米で、どんどん栄養分(特にミネラル)が失われていく。
ヌカとして捨てられている。
習慣で食べていた白米は、米のカスみたいだ、と気付かされた。

◆家庭用精米器を使う
農家から直接米を譲ってもらう場合は玄米がいい。
農家の手間もかからないし、長く保存もOK。
で、家庭用の精米器を買った。(7/5)

タイガー魔法瓶製の「RSE-A100」(5合用)で、24,800円。
3・5・7分づきと白米、それに胚芽米、無洗米のコースがある。
主に、7分づき米と白米に精米しているが、手軽で使い勝手はいい。

◆お米屋さんの精米
家庭用で満足しているが、お米屋さんのHPをいくつか見て圧倒された。
商売=プロの精米は、まるでレベルが違う。
精米はお米屋さんの「売り」で、お米の味はこれで決まる。

・米の品種、品質、乾燥度、精米時の天候などで、やり方を調整する。
・同じ米を数回精米機にかけることもある。(米の温度を上げないため)
・精米後、砕けた米をフルイで落とす。

・ハイテク機で、色の悪い米粒をはじき出す。
・胚芽米は、技術と手間を傾けて精米する。(米粒を磨き上げるイメージ)
などなど。う~ん。

◆シコシコ楽しむ
ま、お米屋さんにはとても及ばないが、マイペースの精米を楽しんでいる。
7分づき米に、玄米をスプーンで加えるといった変化技もやってみた。
玄米の粒に当たって、それを噛む感触はなかなかにいい。■

2009年08月16日

手植えに思う~伝統農法のこれから

◆仙人の田んぼと営み
仙人の米は、60年前の我が思い出の味だ。
それを再現してくれる仙人の営み。
しかし、仙人は87歳、いつまでもとはいかない。

何らかの応援体制が必要かと思ったりする。
草刈りとか稲刈り・ハサ掛けとかの、いわば力仕事は応援できるかも。
ただ、全体の営みは仙人ならではのものだ。

仙人は、一世一代の米作りと思っているのではないか。
この田んぼは、仙人が自らの思いを実現した 『理想郷』 である。
世にアピールするためのものでも、米を売るためのものでもない。

だから、人に引きついで継続しようなどということもなさそうだ。
淡々と毎年、米を作り続けている。(それだけでも大変なことだが)
その姿がまぶしく、余計なお節介は控えなくてはならない。

◆仙人を手本に
考えてみれば、60年前位までの米作りは、弥生時代と本質的には変わっていない。
仙人の米作りはこの農法(伝統農法)だ。
中でも、かつて農家が特別に吟味して作っていた米の農法だ。

これはぜひ、後世のために伝えていきたい。
そのためには、仙人を手本に、別の田んぼで伝統農法で米作りをする。
真摯な志を持ったプロの農業人がそれを営む、という構図。

しかし、仙人の場合とは異なり、「経営」が成り立つ必要がある。
「棚田」保存のためのオーナー制度のようなものが必要であろう。
極上の米を作るのであるから、オーナー希望者は十分集まると考えられる。

◆まとめ
「手植え・ハサ掛け」の伝統農業は、非効率な第一次産業の米作りではない。
むしろ、混迷する現代日本社会に活力を与えるサービス業(第三次産業)だ。
かろうじて維持すべき弱者ではなく、社会再生のエネルギーの源泉なのだ。

仙人の営みから、そう実感される。
<米>を売るだけではなく、<営みの価値>をも提供するということだ。
その視点に立てば、「経営」の成立も解決は難しくない。

 ◇ ◇ ◇

あと1ヶ月で稲刈りが始まる。
ハサ掛けが楽しみだ。
それを体感して、報告しようと思う。

(この項、完)■

2009年08月11日

手植えに思う~伝統農法の営み

◆60年前の思い出の米
仙人の米を味わいながら、ふと思った。
昔(わが幼少時=約60年前)は、米作りは全て「手植え・ハサ掛け」であった。
東京から疎開した我が家では、米の飯は十分ではなかった。芋粥や雑炊も多かった。

戦後の復興期で、米は農協を通じて全部を国が買い上げていた。
供出米と呼ばれ、何より収量が優先されていた。
米は食べられるだけで幸せな時代だった。

そんな中で、極上の米を食べた鮮烈な思い出がある。
銀シャリではなく、金シャリで、粒々が黄金色に輝いていた。
噛みしめたときの弾力ある食感と甘み、香りは忘れられない。

供出米とは別に、農家が自家用に作った特別な米だ。
大人たちの言葉を覚えている。「田んぼの土、水、日当り、肥やしが違う」
(その米を、「ぬか釜」で炊いたものだったらしい)

◆仙人との出会い
思い出の米と会いたい、という願いは、仙人との出会いで果たされた。
「ハサ掛け」をキーワードにして、親戚に依頼し、ついに仙人の田んぼを探しあてた。
親戚、そのまた親戚、いくつもの偶然があっての結果であった。

◆営みということ
以来、仙人のお話、復活した手植えの見学などで、思い出の米の本質が分かってきた。
「手植え・ハサ掛け」だけでは、米はおいしくはならない。
土、水、日当り、肥やしなどが伴ってこそ、あの米の味になる。

つまりは、伝統農法を守る仙人の「営み」である。
「営み」には、営々とひたむきに作業を続ける心がある。
よく紹介される米作り体験風景には、「営みを忘れた」イベントの危うさを感じる。

◆ぬか釜について(補足)
金シャリは、ぬか釜で炊いた飯のこと。
昔はどの農家の台所にも「かまど」があった。
釜をかけ、分厚いヒノキの蓋をして「ぬか=もみ殻」を燃料にして、飯を炊く。

コレが『ぬか釜』で、強力な火力で炊き上げると、黄金色の金シャリになる。
いずれ、仙人の米をぬか釜で炊いた金シャリを食べてみようと企んでいる。
農家のぬか釜は絶滅しているが、幸い、インターネットで入手可能だ。

現代のハイテク炊飯器は、ぬか釜を目標にしているという。
P社の炊飯器とぬか釜で、魚沼コシヒカリを炊き比べるTV番組を見たことがある。
結果は、ぬか釜の金シャリが、炊飯器に優勢勝ちだったが、おもしろい企画と思った。

ハイテクに全くひけをとらない「ぬか釜」に拍手を贈る。
「おひつ」も飯の保存(保温でなない)では、炊飯器を寄せ付けない。
仙人の営みを合わせ、日本の伝統の技の実力に敬意を表したい。

(続く)

2009年08月08日

手植えに思う~自然とともに

◆自然の恵み
仙人がこの地に田んぼを拓いたのは、50年程前(昭和30年前半)のこと。
ちょうど日本が高度成長を始めた頃で、大量の農薬と化学肥料が使われるようになった。
「これはいかん」と思ったそうだ。

以来、できるだけ自然のままに米を作り続けてきた。
水は湧き水を引いている。
無農薬・有機堆肥で土を健康に保ち、安全・安心な米を育てる。

極め付きはハサ掛けで、これがおいしい米に仕上げる。
昼の太陽の光と夜の冷気で、理想的な自然乾燥をする。
ワラ部分からウマ味成分が、地球の引力で、米に落ちてくる。

 ◇ ◇ ◇

実は、田植えには、田植え機を使っていた。
それが一昨年、故障して動かなくなった。古いのでもう部品がない。
「田植え、どうすっか」と仙人。

「なら、手で植えればいいがね」と娘さん。
「じゃ、そうすっか」と仙人。
あぁ、この父にしてこの娘あり!

こうして手植えの田植えが復活した。
残されていた田植え枠を取り出し、娘さんに手植えの手ほどきをした。
なんと、娘さんは手植え経験ゼロであった!

「手植えで米が一層うまくなった」と仙人。
縦方向の稲の株の間が田植え機より広くなり、風通しが良いいので、病虫害が減る。
稲は広く根を張り、葉を伸ばして、しっかり育つ。

◆自然の中で
手植えは、のどかな田園風景の代表であるが、実際はきびしくてきつい作業だ。
田植え枠を転がす仙人は、気合と力を込めて、泥の中を真っ直ぐに進む。
腰の構え、足の運び、手の繊細な動きは、往年の熟練の技の再現だ。洗練された美学だ。

二人の植え手女性は、日除けの帽子、ぴったりの田植え用長靴、腰に苗籠のスタイル。
枠目に苗を植えて行く。一歩また一歩の手植えは、精一杯でもスローペース。
黙々と植えていく。苗を取り分ける。時々言葉を交わす。腰を伸ばす。作業は延々と続く。

ピチャ、ピチャと手足の水音。絶え間ない小鳥のさえずり。カエルも、時にウグイスも。
あくまでも自然の音だ。
下の道路をたまに車が通る。あの強力な田植え機のエンジン音はない。

◆あれこれ
手植え風景からは、様々な思いが去来する。
感動であり、感慨であり、感傷である。
以下、脈絡なく、羅列してみた。

・自然のリズムと手植えのリズムの調和は、すばらしい「癒し」の世界に誘う。
・自然との調和の中に、日本人独自の感性、創造力、勤勉性、優しさなどの源泉がある。
・地方の片隅で、黙々と手植えにいそしむ人達がいる限り、どっこい日本は大丈夫だ。

・伝統農法による米作りには、一挙手一投足に人の心が込められている。
・伝統農法は、効率優先社会の果てしない競争とは無縁。自然に浸る悟りの境地だ。
・高齢(87歳)の仙人のカクシャクとした現役の姿は、農業の無限の可能性を示している。

(続く)

2009年08月06日

手植えに思う~非効率の極み

◆非効率、また非効率
世は、「効率」優先である。
収穫量を経費で割り、数値で判断する。
大きければ善、小さければ悪、と単純明快だ。

小さな田んぼは集約しろ、大型機械を使え、株式会社で経営しろ‥‥。
それがいやなら、農業をやめろ。
大半の農家は切り捨てられ、集約不可能な多くの田んぼは放棄される。

そこに「非効率」の米作りが輝きを放つ。
米仙人の手植え・ハサ掛けだ。
ごく小規模な田んぼ、手作業、零細経営という「非効率」の極みだ。

田植え機、コンバイン、乾燥機という花形の農業機械は使わない。
農薬は使わない。除草も手作業だ。肥料は自家製の堆肥のみ。
ほとんどの作業は仙人が一人でこなし、時々娘さんが手伝う。

◆非効率の輝き
「非効率」=「ムダ・不要」ではない。
「非効率」ゆえの価値がある。大きな付加価値がある。
手植え・ハサ掛けは、失われた『伝統のおいしい米』を作り出す。

くり返すが、現代のおいしい米とは、食事メニューのひとつにうまく納まる味だ。
メニューの最後にライス付きという扱い。米は野菜の一種と言った経済学者さえいる。
食生活の洋風化に合わせて、米は過去数十年、その流れを追ってきた。

ずっと以前までは、『伝統のおいしい米』のご飯は主食であった。
そういうご飯を食べたい人は、少なからず存在すると思う。
そういうご飯を知らない人に、ぜひ食べみてもらいたい。

◆効率優先社会の変革
官僚集権的、経済効率的な「効率」優先の画一社会は、改めなければならない。
「非効率」が「効率」と混在する多様な社会には、ゆとりとうるおいがある。
いろいろな米の味を、自由に楽しむこともできるようになる。

(続く)

2009年08月03日

ハサ掛け米はおひつと相性がいい

◆自然と自然の出会い
ハサ掛け米は、おひつと実に相性がいい。
ハサ掛け米は、米をハサに掛けて自然乾燥させたもの。
曲げわっぱは、天然杉を組み立てたもの。

このおひつにご飯を入れて、その翌日。
ハサ掛け米は、ほどよくしっとりしていて、均一に粒々。
おひつと、芯の水分までやりとりして、バランスを取っている感じだ。

機械的(電気、重油)乾燥では、表面からしか水分のやり取りができない。
乾燥してくると、おひつや隣の飯粒とひっつくこともある。
レンジで暖めても、食事中に味がだんだん落ちていく。

◆ハサ掛け米の自然乾燥の極意
刈り取って束ねた稲を逆さ(穂を下)にして、天日でじっくり乾燥させるハサ掛け。
稲刈り後に雨が多くなる越後の米作りの知恵である。
その極意は、乾燥の進むステップにある。

昼間、太陽熱に暖められて米(もみ付き)は膨張し、表面から水分が蒸発する。
夜間、気温が下がり、米粒は収縮し、芯の方の水分が乾燥した表面方向に移動する。
このステップを3週間ほど繰り返し、米はゆっくりと均一に乾燥する。

ちょうど、タオルやふきんをゆすいで固く絞っても、少したつと、また絞れるようなもの。
外から絞るだけではダメで、中から沁み出す水分を絞る必要がある。
干物なども原理は同じで、天日干しは味が違う。

加えて、ハサに掛けている間に、茎(稲わら)部分から養分が補充される。
逆さに干しているから、重力で穂の部分に落ちてくる。
そのため、うま味がいっそう増すといわれている。

◆現代農法では
機械化された現代農法では、コンバインで稲刈りをする。
刈り取りながら、米粒をそぎ取ってタンクに貯めていく。
稲わらは刻んで、後から田んぼに撒いていく。(そのまま肥料にする)

あとは乾燥機で、熱風をあてて短時間で乾燥させる。
表面から水分を蒸発させ、米粒がある比率で軽くなれば、完了。
つまり、表面が乾燥しても芯には水分が残り、不均一だ。しかもうま味の補充もない。

◆自然を生かす伝統の技
どうやら、コンバイン、乾燥機、あるいは炊飯器などでは及ばない、非効率なうま味の世界がある。
自然と共存する日本の米作りの匠の技である。
真においしい米を食べ続けるために、この技を失ってはならないと、強く思う。

2009年07月28日

ハサ掛け米が届いた!

◆ハサ掛け米が届いた
先週木曜の朝、親戚から電話があった。
「仙人の娘さんが米を届けてくれたがね」
エッ、マサカ、ホント?

去年の米は、譲ってもらい損ねていた。
今の季節だと備蓄米を回してくれたのかもしれない。
金曜の夜、郵パックで米袋到着。玄米30キロ。

◆精米、炊飯
土曜、ヨドバシカメラで精米器を購入。タイガー魔法瓶製で24,800円。
何せ、初めてなので、取・説を読んで、まず、4合を7分づきで精米した。
うまく精米できたようなので、3合を研いで、炊飯器にセット。

ここで、水加減を失敗。
一昨年のハサ掛け米では、炊飯器の水量目盛の七掛けにしていた。
それを八掛けにしてしまったので、やや軟らかく炊けた。

◆ハサ掛け米の実力に感銘
このところ、いろいろな米をスーパーで買って、食べ比べている。
コシヒカリ、アキタコマチ、北海道産のナナツボシ。
しかし、どれも炊飯二日後には味がヘタる。

軟らかく炊くと水っぽくなり、硬く炊くとカチカチになる。
曲げわっぱのおひつでもダメで、結局、炊いたら食べ切るしかない。
つまり、米に締まりがない。コクがない。気品(米としての自尊心)がない。

 ◇ ◇ ◇

ハサ掛け米は、今回軟らか過ぎたので本来の味は出せなかった。
なのに、おひつに入れて二日目、レンジで暖めると、軟らかいなりに良い味が出た。
そして三日目でも、しっかりと自らの味を出す。味がぶれない!!!

ハサ掛け米には、米の力が宿っているようだ。
一般の米は、腰が弱い。持続するパワーがない。
伝統農法による野性的な米と、現代農法によるひ弱な米の画然とした差が見えてくる。

◆今度こそは
水加減を硬めに設定して、プチプチのご飯を炊こう。
飯粒を噛み締めて、その旨みを十分に味わうのである。
フニャフニャの腰ぬけご飯には、サヨナラだ。■

2009年07月21日

米仙人の手植え2009(中)

5月6日、晴れ。手植えの田植えの日。
親戚の車で仙人宅へ。
奥さんは先に出かけたとのこと。

◆手植えが始まる
現地では、仙人が田植え枠を転がしていた。
娘さんと親戚の奥さんは手植えの姿でスタートの直前。
すぐに、カメラとビデオを用意。約2時間の撮影となった。

手植えビデオへ

手植えの写真ギャラリーへ

◆田植え枠を転がす
手植えでは、田植え枠で田んぼの表面に筋目を付ける。
仙人は、目が八寸角で六角柱の枠を使っている。
田植え機導入以前に使っていたものだ。(よくぞ残してあった!)

泥んこの田んぼで、枠を真っ直ぐに転がすのは難しいそうだ。
仙人は、実に力強く、確実に転がす。しかも早い。見事な技だ。
正方形の桝目がきれいについていく。

◆仙人の仕事振り
仙人はつぎつぎと作業をこなしていく。座ってひと休みなどという暇は見せない。
田植え枠で田んぼを一枚終わると、自分も手植えに参加して片道を植える。
と、今度はあぜ道を渡って、田んぼの向う側へ補充用の苗を運んでいる。

また、手植えを片道こなす。
水の流れを調節して、すぐ下の田んぼに田植え枠を移して、転がす。
終わると、一輪車に枠を載せて、一番上の田んぼに運ぶ。

田んぼは5枚で、段々で、狭くなっていく。
そこで田植え枠についた泥を丁寧に洗い流しいる。(まるで磨くように)
いやはや超人的な仕事振り!!!

◆手植えは進む
手植えは時間がかかる。機械に比べれば、非効率の見本だ。
しかし、ここは効率とは無縁であり、生活をかけているわけでもない。
おいしい米を作るためだけの作業だ。

二人の植え手は、一歩一歩進んでいく。
親戚の奥さんは、かつて早乙女で活躍したキャリアウーマン。
昔とった杵づかで、手馴れた技がすばらしい。

仙人の娘さんは、今年が二年目の、まだ駆け出し。
しばらくすると、二人の差はかなりついてきた。
しかし、熱心に楽しそうに植える娘さんを見ていると、慣れるのも早そうだ。

手植えでは、苗を差し込んだ後、指で周りの土を寄せて、苗の根元を押さえておく。
これをしないと、苗が浮いてしまう。水中の隠れ技。
また、前の方に植えているが、後ろへ下がりながら植える場合もあるという。

◆自然のリズムで
ホーホケキョ。ウグイスが鳴く。鳥達のにぎやかなさえずり。
ケロ、ケロ。カエル達の声も。
ポチャリ、ポチャリ。苗を植え進む水音。

菜の花が咲き、わらびが芽を出している。
心安らぐ自然のリズム。
人は、こんな世界に浸ることを夢見て生きているのかもしれない。

◆おいとま
正午頃、田植えは一枚目が終わりに近づいている。
この田んぼは約4畝(400平方米)で、2時間位かかった。
全部で約1反5畝(15畝)なので、明日の午後に完了か。

「お昼食べていきなせえ」とお誘いを受けた。。
撮影も続けたかったが、ここでおいとまする。
土に生きる尊い姿を拝見できたことに、心よりの感謝を捧げたい。

(感動の余韻は、今でも残っている)

【芭蕉の一句】
田一枚 植えて立ち去る 柳かな (奥の細道)

2009年07月16日

米仙人の手植え2009(上)

◆手植えを撮影する機会に巡りあう
昨年、田植え機が故障して、米仙人は手植えで田植えをした。(後日伺った)
今年はどうか、確認のため、5/2夕刻に親戚の車で仙人宅を訪れた。
仙人はちょうど「代(しろ)かき」を終えて、あぜを整え中。

田んぼには水が張られ、田植えを待っている。
夕暮れの薄闇に、あぜが鏡のようにピカピカに輝いている。
そこに佇む仙人の飄々とした姿。

 ◇ ◇ ◇

期待と不安で、伺ったところ、
「今年も手植えをする」とのこと。
予定日は、5/6-9の間の2日間。

まさに、天から恵まれた機会。初めて手植えを拝見できる!
滞在を延ばして、撮影させていただくことにした。
良いことは重なるもので‥‥

◆親戚の奥さんが手伝うことに
かつての手植えの早乙女であった親戚の奥さんが、手伝いに行くことになった。
奥さんは、仙人の娘さんと同郷の幼馴染という奇縁がある。
実は、仙人のハサ掛けを偶然見つけてくれたのは、奥さんの実家の兄上であった。

手植えには、特別な長靴(ヒル予防用)と腰に着ける苗籠が必要である。
長靴は近所の農家にあったものを借用、苗籠は親戚の納屋に残されていた。
手伝いの準備も整った。■

2009年05月27日

早苗田の風景 ~ 西名柄

◆愛する田園風景
田植え後の西名柄で、加治川の桜並木を背景に写真を撮る。
毎年恒例の楽しみだ。
今年の一枚はコレ。

桜の葉がまだボリュームがなくて、幹や枝ぶりと葉が織りなす緑のシルエット。
土手の緑の草はもう初夏の勢いで伸びている。
田んぼの水面に映る緑の並木は、植えたばかりの早苗の緑に重なる。

空はやや霞んでいる。
その空を横切る土手の直線の上に、青い山の稜線が見え隠れしている。
櫛形山脈の南端の小さな山々だ。

撮ったというより「撮れた」という風景。
撮影直後のカメラの液晶モニタでは実感できなかった。
愛する田園風景のうれしいワンショットであった。

2009年05月26日

親子三代の田植え風景 ~ 西名柄

◆田んぼに子供達
5月4日、 西名柄のHさんの田植えは、にぎやかだった。
Hさん夫妻に息子さん一家5人、連休で里帰りの娘さんとお子さ2人。
つまり、大人5人に子供5人の総勢10人。

田んぼにこんな大家族が集うのは、もうほとんど見られないと思う。
Hさんの人柄によるものであろう。
すばらしいご家族だ。

◆ひたむきなお手伝いに感動
子供達は、U字溝の用水路で遊んだり、交代で田植え機に乗せてもらったり。
ときにけんかをしたり、でも仲良く遊んでいる。
中で一人、わき目もふらずに、ずっと苗箱の底板を洗っている子がいる。

内孫の長男・R君だ。
田植え機に苗を移した苗箱の底には、稲の根がくっついている。
それをローラーの付いた装置で洗い流して、来年に備える。

R君はその作業をこなしている。底板は次々と積まれて、40~50枚は出てくる。
激しく板を上下させて洗い、返してまた洗う。仕上がりを確認して、次の板へ。
すっかり一人前で、最後までやり通した。エライ!

彼は、一昨年、播種作業でベルトコンベアのコンテナに土を補給する作業をしていた。
そのときは、作業用のエプロンに鉢巻の凛々しい姿であった。(ビデオがある)
子供が祖父母や両親の作業を手伝える農業はすばらしい。

◆農業は・・・
R君が将来、農業者を目指すかどうかは分からない。
しかし、夢を持って職業として選べる農業でなくては、どうしようもない。
頭と口先だけの政治家、官僚、学者、大企業経営者等の政策では、どうしようもない。

(農業再生は、まず農業の現場を見て、率直に感動することから考えるべきだ)

2009年01月10日

米仙人~2008田植えの話

◆米仙人を訪問(2008/12/22)
一昨年の11月以来の訪問であった。
人里から少し離れた一軒家で、米仙人の話を伺った。
ストーブに薪をくべながら語ってくれたエピソード。

◆田植え機が故障
昨年の田植えの時、田植え機が故障していて動かなかった。
業者に修理を依頼したら、新品を買う方がよいと勧められた。
しかし、小さな田んぼで、今さら新品を買う気もしない。どうするか。

◆手で植える
手伝ってくれている娘さんが言った。
「手で植えよう!」
「そうするか」

そこで手植えに必要な『田植え枠』を納屋から引っ張り出した。
これは、細長い八角柱の大きな木枠で、田んぼに転がして、土に方眼の筋目を付ける。
その方眼の交点に苗を植えていく。

父娘の二人で、二日かかって田植えを終えた。
娘さんは初めてなので、仙人が教えながら作業した。
いやはや。

◆米がうまくなった!
後は順調にいって、刈取った稲は『ハサ掛け』にした。
その米は一段とうまかったそうだ。
手植えのお陰だ。

手で植えると、株の間隔が機械より広くなる。
一株当たりの苗数も機械より少ない。
結果として、稲は伸び伸びと育ち、大粒に実ったのである。

◆世俗離れ
田植え機が壊れたから手で植えるなどという考えは、普通ではない。
それをやってのけて、おいしい米が収穫できたとニコニコ。
親子ともども俗世間を離れた仙人であり、感激しきりである。

◆効率 vs 自然
このエピソードには、続編がある。
話を訊いた親戚の奥さんが、「私も手伝ってあげられたのに」
若い頃は手植えで田植えをやっていたそうだ。

全て金額に換算して、効率優先のすさんだ俗世間。
その一隅に、こうした自然な心意気の人々が確かに存在している。
日本はまだまだ見捨てたもんじゃありません。

◆おいしい米
ところで、このエピソードは「おいしい米」探しにも一石を投じる。
現在では忘れられてしまった米の味を遺しておいてくれるのである。
探し続けている50年前の米の味に、また一歩近づいた。

ただし、今回は時期を遅らせたため、仙人の米は分けてもらえないかも。
お願いして、回答待ちの状態である。
もちろん今年の秋の米はぜひ分けていただき、賞味したいと思っている。

2008年10月03日

2008年の稲刈り風景 ~ 桜並木から

稲刈りのFlashビデオ

堤防の桜並木から眺めた稲刈り。
ちょっと趣の変った風景。
稲刈りが終わると、桜の紅葉。

2008年09月28日

2008稲刈り:ビデオ速報

◆2008年の稲刈り風景

稲刈りのFlashビデオ

ちょうど桜並木のすぐ下の田んぼの稲刈り。
コンバインはみるみる中に刈っていく。
実り良し、天気良し、風景良しである。

しかし、昔の手刈りのような収穫の実感はなさそうだ。
コンバインが全部自動的にやってくれる。
夫婦二人で作業できるので、田んぼに他の人影はない。

2008年09月20日

2008稲刈り(写真速報)

20日(土)、新発田・西名柄のHさん稲刈りを撮影。
今年は好天に恵まれ、西名柄の稲刈りはもう7割位まで進んでいた。
危うく撮影機会を逃すところであった

ビデオとカメラの使い分けながら撮影。
それにしても、カンカン照りの日差しは、真夏のよう。
帽子を忘れたので、手ぬぐいを頭に巻いてしのいだ。

写真は、稲刈りのワンショット。
加治川の桜並木の下、黄金色の穂波を走るコンバイン。
真っ青な空に入道雲、その上に流れる秋の雲。

2008年09月09日

2008稲刈り:まもなく

西名柄のHさんに電話をして、稲刈りの予定を伺った。
「早稲は13日(土)頃からで、コシヒカリは20日(土)頃からかなぁ」
「出来ばえは刈ってみねぇとわかんねぇな」

今年は、Hさんをはじめ数軒の農家の稲刈りを撮影するつもり。
コンバインはあっという間に刈り取ってしまうので、被写体を追うのが忙しい。
ビデオとカメラの使い分けのタイミングが難しい。

収穫の歓びを伝える作品を目指したい。
派手なコンバインの陰で、実にこまめに動き回る奥さんの作業にも焦点を当てたい。
もちろん、風景として稲刈りを撮影するのも大きな楽しみだ。

2008年08月24日

2008田んぼの風景~8月

◆8月の田んぼの風景
8月9日、お盆前に田んぼを見たくて新発田・西名柄へ。
Hさんが、ちょうど稲の花が咲いている、と教えてくれた。
その写真は先に紹介させていただいた。

実は、ビデオで撮りたい風景があった。
それは、風にそよぐ稲の波。
三脚にビデオカメラをセットして撮影した。

8月の田んぼのFlashビデオ

真夏の太陽の下、正午過ぎのひととき。
蝉の声がやかましく、雀がチュンチュン、とんびがピーヒョロロ。
稲が揺れて、かなたの桜並木が霞む。8月の田んぼの風景。

風はほんのそよ風、稲も実を付ける時期にかかって、茎がしっかりしている。
田んぼを渡る風の波までは見られなかった。
でも、これはこれでナカナカのビデオと思う。

2008年08月11日

コシヒカリの花2008 ~ 写真速報

コシヒカリの花を、西名柄・Hさんの裏の田んぼで、8月9日に撮影。
昨年より早く(例年並み)咲いていて、ちょうど満開状態。
やや風が吹いていて、眼で観るにはいいのだけれど、カメラには難しかった。

今年はマクロレンズも用意したが、うまく使えなかった。
三脚で構えて、マクロレンズで接近し、絞りをかなり上げて撮るのが良さそうだ。
また、来年の課題が残った。

(稲の花については、昨年8月の当ブログに掲載してあるのでご参照下さい)

 ◇ ◇ ◇

真夏の太陽の下、満開の稲の花見は、格別であった。
今年は天候に恵まれ、稲の生育は順調で、豊作が期待されている。
世界的な食料不足の発生もあり、米価も少し改善されるかも知れない。

2008年07月01日

田植えの風景2008 ~ ビデオ

◆2008年の田植え風景
今年の田植えもHさんのご協力で、撮影をさせていただいた。
どんどん進む作業を追いかけるのは、けっこう忙しい。
一人で一眼レフカメラとビデオカメラを使い分けるのも大変だ。

今回は写真を主にしたので、ビデオはあまり撮らなかった。
それと、Flashを5月にバージョンアップして、それをビデオ表示に使いたかった。
それで遅れたけれど、まずは、貴重な映像を、新・Flashでご覧いただこうと思う。

◆田植え機に乗る子供達

田植えのFlashビデオ

田植え機に苗を補充するHさんと息子さんと親戚の方。
子供達(Hさんの孫)が田植え機に乗り込む。
そして出発。とても楽しそうだ。

青い空、緑の桜並木、水に映るその影、早苗の田んぼ、進む田植え機。
エンジンの音が遠ざかっていく。ワクワクの子供達を乗せて。
ここは、豊葦原瑞穂の国。

2007年11月09日

晩秋の野菜畑

西名柄のHさんの畑。
晩秋の野菜がまもなく収穫を迎える。
カブ、キャベツ、ブロッコリ、ハクサイ、カリフラワ。

写真ギャラリー

野菜の写真は難しい。
花や果物みたいに目立つようには実ってくれない。
それでもカブ以外は、食べる部分をそれおzれに撮れた。■

2007年10月01日

稲刈り作業(ビデオ編)

西名柄のHさんの稲刈り作業のビデオをまとめた。
コンバインの動きが早いので、かなり忙しい撮影であった。
ビデオ・ギャラリーとしてはまずまずの自己評価。

ビデオギャラリー


2007年09月30日

稲刈り作業と風景(写真編)

西名柄のHさんの稲刈りと田んぼの風景の写真をまとめた。
今年は現地入りが一足遅くなった。
そのためか全体に撮影の幅がやや狭くなった感がある。

写真ギャラリー


2007年09月26日

稲刈り・2007(とりあえず版)

9月22日(土)晴れ、夏のような暑さ。
西名柄のHさんの稲刈りを見学。
とりあえず、長~いビデオを1本だけ紹介。

ビデオ・ギャラリー

Hさんの稲刈り作業は、10月上旬まで続く。
稲刈りを委託されている田んぼもあるので、200回位は繰返される光景。
無事に完了されたら、また、いろいろなお話を伺うのが楽しみ。

2007年09月25日

速報写真:要害山からの稲刈り遠望

24日、ほぼ快晴の秋空。振替え休日で当地の稲刈りはたけなわ。
要害山に登り、黄金色の田んぼを撮影。
刈取り中のコンバインが見えます。■

2007年09月22日

速報:稲刈り

新発田・西名柄のHさんの稲刈りが始まりましたた。
今日(22日)の午前中に、撮影に出かけました。
夏のような暑さの中の稲刈りの速報写真を、現地ホテルから掲載します。

2007年09月08日

新発田のお米~台風の影響なし

台風9号が東日本を縦断。
秋の収穫を控えた農業にも被害をもたらした。
幸い新発田はコースをはずれ、稲に影響はなかった。

今日、Hさんに電話して状況を伺って、ひと安心。
現在、コシヒカリは黄色くなり始めたところ。
再来週の日曜日(22日)から、稲刈りの予定とのことであった。

今年は、7月迄の天候が不順で、稲の生育は遅れ気味であった。
それが8月以降の猛暑で盛り返して、例年並みになったようだ。
黄金の波の田んぼを訪れるのが楽しみである。

2007年08月22日

農薬の散布(写真編)

写真ギャラリー

農薬の散布は、息の合ったご夫婦の共同作業である。
ご主人の力強さと奥さんの細やかさが、とても印象的であった。
一瞬を切り取る写真の方が、ビデオよりも、それが表現できるように思う。■

2007年08月21日

農薬の散布(ビデオ編)

8月18日午後、晴れ。
西名柄のHさんの「農薬散布」作業を見学。
例年より約1週間遅れであるが、好天(猛暑)に恵まれた。

作業は、Hさんと奥さんのペア。
使用する薬剤は、粒状の化学薬品。
コシヒカリが新品種の「コシヒカリBL」に替わってからは、年1回の散布となった。

従来は、年3回散布していた。現在は1回で済むが、薬品代はバッチリ3倍とか。
小さな粒状の薬剤なので、飛散しにくく、水中に落ちると溶けて効果を発揮する。
無人ヘリコプタ(ラジコン)で散布する農家もある。これは専門業者に委託する。

Hさんは、人力散布で、以下のように行う。

ビデオ・ギャラリー

◆農薬散布の作業手順
①薬剤をタンクに入れる。
 (この器械は、肥料散布用と同じもの。また、作業には防護マスクを着用)
②2袋(6kg)を入れて、エンジンをかけ、器械を背負う。
③ビニール・ホースを伸ばし、一方の端を奥さんが持って、田んぼを挟むあぜ道に分かれる。
④エンジンから圧搾空気を送り、薬剤をホースの穴から散布する。
 (ホースには、一定間隔で弁と穴がセットされている)
⑤あぜ道を進んで行くとき、奥さんがホースをうねらせて、散布を調整する。
⑥田んぼを往復散布する。

 ◇ ◇ ◇

散布中は、なるべく離れて見学、撮影した。
風下のときは、薬剤の臭いがしたので、距離をとった。
この薬剤は、稲が実る前に毒性が消滅し、成分も残留しないとのことであった。

農薬の使用については、後日、詳しく調査・検討して報告したい。■

2007年08月19日

農薬の散布(速報写真)

8月18日、農薬散布の作業を見学、撮影。
農薬は、年1回だけこの時期に散布。
地区全体で同時期に散布するので、「一斉防除」という。

 ◇ ◇ ◇

ご主人が背負ったタンクの中の薬剤が、エンジンの圧搾空気でホースに送られる。
ホースの途中に等間隔にセットされた弁と穴で、小さな粒状の薬剤が田んぼに散布される。
奥さんがホースをうねらせながら調節していて、息の合った作業が続く。■

2007年08月15日

コシヒカリの花~写真集

写真ギャラリー

稲の花を、西名柄のHさんの田んぼで、8月11日と13日に撮影。
マクロレンズであれば、ぐっと拡大した写真が撮れたかも。
来年の課題である。

稲にも花が咲くことを知らない人がけっこういる。新発田でも。
自分も見たのは初めて。
帰宅してからインターネットで、「稲の花」を調べた。

 ◇ ◇ ◇

◆稲の花の構造
雌しべを囲んで、長い6本の雄しべがある。
花びらやガクはなく、後でもみになる「えい」が割れて開いて咲く。
午前中の2時間位が開花時間。

◆自家受粉
稲は、自分の雄しべの花粉を自分の雌しべで受粉する。(自家受粉)
虫などの世話にはならず、せいぜい風まかせ。
そのせいもあって、地味ではかない花である。■

2007年08月12日

コシヒカリの花(速報版)

稲の花を見るのは初めて。
西名柄のHさんの田んぼで、8月11日に撮影。
例年より、5日~1週間遅れて咲き始めたとのこと。

Hさんがまだ少ない花を見つけて、教えてくださるので、撮影できた。
もともと地味で目立たない花なので、写真も難しい。
狭いあぜ道をちょっと入ったところに、そっと咲いていた。

稲の花は、午前10時頃に咲いて、約2時間のはかない命。
咲くと決まると、雨が降っても風が吹いても、きっと咲くという。
ひ弱に見える花も、実はそんな力強さを秘めている。

炎天下に『稲の花見』ということになる。
この花見は、稲が順調に育っている証だ。
新発田は、ちょうどお盆の季節。■


2007年08月01日

肥料の散布(写真編)

今回の稲の肥料散布は、田植えの時に田植え機で散布したのに続き、2回目である。
約1週間後に3回目の散布が実施される
散布される肥料は、JA北越後の推奨する化学肥料である。

写真ギャラリー

作業の様子は、ビデオ編で紹介した。
本編では、Hさんの作業のスナップ写真をセレクトした。
真剣勝負の「男」の姿に感動せずにはいられない。■

2007年07月28日

肥料の散布(ビデオ編)

7月23日(月)午前、西名柄で「稲の肥料散布」を見学。
Hさんの作業をビデオと写真に記録させていただいた。
休憩時に肥料についてのお話も伺った。

最初の肥料散布は、田植え機に肥料をセットして、田植えと同時に実施した。
今回は2回目で、約1週間後に3回目の散布を行う。
そのあと稲の花が咲くのが8月5日頃になる。

ビデオ・ギャラリー

◆散布作業
肥料散布は、やはりかなりの力作業であり、また繊細なノズル操作が必要になる。
散布機を背中に背負って、エンジンをかけ、ノズルから肥料を噴射させて田んぼに散布していく。
散布機のタンクには、20kg+数kgの粒状の化学肥料を入れる。これで田んぼの1枚分。

散布機と肥料で40kg以上の重さになる。
あぜ道の近くのに散布して、田んぼを一周。反対周りに中央部に散布して一周。
肥料の補充や休憩を含めて、一巡の作業は約30分。これを繰り返す。

中央部の散布が難しい、とHさん。
肥料の飛び具合がつかみにくく、神経を使うとのこと。
肥料が多すぎると、稲が徒長し、穂が出てからその重みで倒れてしまう。

◆これから
これまでは、稲が順調に育っているが、8月の天気が実りを左右する。
日中は暑く、夜は涼しく風が吹くのが理想的という。
涼しさと風で、稲の病気が発生しにくくなるからで、やはり農業は自然の恵み次第。

◆自然の中で
太陽の光、きれいな水、良質な土、そして夜の風。
自然の恵みの中で、安全でおいしい米を作る農家の方の真摯な姿。
いつもながらに、感動の体験をさせていただいた。■

2007年06月27日

溝切り作業

6月24日午前、西名柄のHさんの溝切り作業を見学。
昨日から晴れの天候で、かなりの暑さ。
すでに早朝からの作業で一町歩を済ませておられた。

◆溝切りとは
「溝切り」とは、田んぼの苗の間にV字型の溝を掘ること。
苗の8条毎に1本の溝を掘る。
加えて、田んぼの手前と向こうの横方向に各1本の溝を掘る。

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◆溝切りの効果
「溝切り」の効果は、3つある。
ひとつは、田の水はけがよくなり、苗の根が下方向に伸びること。
苗は強くなり、おいしい米が実る。

もうひとつは、根が下方向に張るので収穫時にコンバインで刈りやすいこと。
さらに、土が乾燥していて、コンバインの重みで田が沈むことがなくなること。
溝切りは、米作りに欠かせない重要な作業である。

◆重労働
その溝切りは、重労働で、農家の人達の大きな負担になっている。
ほかの作業では車両化が進んだが、溝切りは遅れている。
映像で紹介したように、小型エンジン付きの溝切り機を手で押して使う。

泥の田んぼの中を、ひたすら押して、往復を繰り返す。
強い日差しをさえぎるものはなく、田んぼの中の孤独な作業。
時々息を整え、水分を補給して、作業を続ける。

よく紹介される米作りは、田植えや稲刈りの車両化された作業である。
初めて、溝切りを見学して、きびしい現実を知ることができた。
おいしい米は、この重労働をこなす農家の人達のおかげで作られている。

◆溝切り車
その溝切り作業も、ようやく車両化されそうである。
つまり、溝切り車を運転して、作業ができるようになる。
そうすれば、重労働が消えることになる。

◆米作りを思う
ずいぶんと省力化が進んできたが、米作りの難しさはそれほど変わらない。
機械を使って誰でもできるなどというものでは、決してない。
経験と技術と判断力と体力と運が総合される必要がある。

そこに、米作り農家のプライドがあり、醍醐味もあるのだと思う。
おいしく安全なお米を食べ続けるためには、まだ知らないことが多い。
奥の深い米作りを、さらに学んでいきたい。■

2007年06月11日

野菜畑:ソラマメとキヌサヤ

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2007.06.03

東京で見るソラマメは、さやの色があせている。
これは輝くような緑。
取れたての茹でたてをごちそうになり、新鮮で柔らかな味に感激!


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2007.06.04

キヌサヤは、年2回植えるので「二度豆」といいます。
しっかりと歯ごたえがあって、しかも柔らかい。
食後の口中がスッキリ。食物繊維のおそうじ効果かも。■

2007年06月10日

野菜畑:菜っぱのアマガエル

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2007.06.03

畑で、ごそっと音がした。
菜っぱの上にアマガエル。
無農薬だから、餌の虫がいるのでしょう。■

2007年06月09日

6月初めの野菜畑

6月3、4日にHさんの野菜畑を徹底見学。
といいながら、あまりの種類の多さにお手上げ。
80枚もの写真は、ほとんどが何を撮ったのか分からない。

IMGP0968_320.jpg
2007.06.03

野菜の撮影はとても難しい。苗の状態ではたいていは種類の識別不可能。
花が咲いていたり、実がなっていたりすれば、何とかなる。
それでも緑の葉に緑の実が多いから、写真でアピールできない。

さてどうするかは今後の課題として、まずは野菜のリストを作成した。
これだって、Hさんに何度も教えていただいて、ようやくできた。
奥さんと二人の野菜畑は、1反半(450坪)。

【今、収穫できるもの】
①キヌサヤ ②菜っ葉 ③ほうれん草 ④イチゴ ⑤ソラマメ ⑥カブ
【終わったもの】
①キャベツ ②タマネギ
【これからのもの】
①ナス ②キュウリ ③ピーマン ④インゲン ⑤オクラ ⑥パプリカ ⑦ダイコン ⑧長ネギ
⑨ジャガイモ ⑩サツマイモ ⑪ヤーコン ⑫サトイモ ⑬トウモロコシ ⑭ニンニク
⑮エダマメ ⑯ミョウガ ⑰ウド ⑱ユウガオ ⑲赤シソ ⑳青シソ
【つづき】
①スイカ ②レタス ③ユリ根 ④長イモ ⑤ブルーベリー

キクやユリ、ショウブなどの花もいろいろあり、グミの木もある。
昨年は、ニンジン、ブロッコリー、トマト、トウガラシ、ハクサイなどもあった。
たぶん、年間で野菜が50種類位かと思われる。すごいです!■

2007年05月29日

くるくる新発田:山の田んぼの田植え

5月22日(火)午前、西名柄の農家Hさんに誘われてドライブ。
二王子神社から、内の倉ダムを回りました。ダム湖も一周。
快晴で、山も湖も早苗の田園も爽やかでした。

二王子神社に登る途中で、山の田んぼの脇を通りました。
ちょうど、道路端で田植え機を準備中。
下山のときには、田植えが始めれれていました。

この貴重な出会いは見逃せないと思い、車を停めていただいき、
作業中の奥さん(?)と息子さん(?)に撮影のご了解をいただき、
ご主人(?)の運転する田植え機をビデオで追いました。

ビデオ・ギャラリー

こういう撮影は予想もしていなかったので、けっこうオタオタです。
それでも、何とか形にはなったかと思います。
撮影しながらも、いろいろと考えてしまいました。

農業の効率化政策が進められる中、このような山の田んぼはどうなるのか。
営々と田植えの作業をされているこの方々の思いはどうなのか。
そして無力な傍観者でしかない自分。

田んぼを守り続ける姿を記録させていただいて、感謝と敬意を表するのみです。
田植え機のエンジン音と、ずっと鳴き続ける蛙たちのバックコーラス。
あのときの山の蛙たちの鳴き声は、とてもとても優しく耳に残っています。■

2007年05月16日

くるくる新発田:田んぼの子供達(ビデオ編)

ビデオ・ギャラリー

子供がこんな風に遊ぶ姿を見ると、もうことばがありません。
思いがけず田んぼに出現したこの光景にショックを受けました。
田植えの作業を追いながら、かろうじて、この短いビデオを撮影できました。■

2007年05月11日

くるくる新発田:田植えの作業

5月3日(木)午前、Hさんの田植えです。
新しい田植え機の出初め式ともなります。
青空の下、作業が始まりました。

ビデオ・ギャラリー<<<再生開始まで、少々時間がかかります>>>

軽トラックで運んできた苗を、農道の脇の水路の上に並べておきます。
これを、順次、田植え機にセットします。
肥料もセットします。肥料は苗の根元に埋め込まれていきます。

田植え機が出発した後、田んぼの土をならしたり、苗箱を水路で洗ったりする作業があります。
軽トラックでビニールハウスの苗を取りに行きます。奥さんの担当です。
3、4人の人手を要する作業です。

新しい田植え機は、8条植え(昨年までは6条)で、走行速度もかなり上がりました。
これから数日間、田植えが続きます。(もう終わっている頃かもしれません)
天気が続いてくれればよいと思います。■

2007年05月10日

くるくる新発田:田んぼの子供達

5月3日(木)、午前のハプニング。
Hさんのお孫さん達が、田んぼで虫や魚を採るといって、
網を持ったり、ゴム長をはいて、みんなで繰り出したのです。

写真ギャラリー

田植えが始まる中、子供達は夢中で、小さな水路を探っています。
まだ水も冷たく、獲物はゲンゴロウやタニシの子供。
歓声をあげたり、すべって足をずぶ濡れにしたり、仲良く大騒ぎ。

田植えの作業の撮影の合間に子供達の姿を追っていましたが、気がつくと、
彼らはずっと向こうの田んぼのあぜ道で遊んでいます。
その様子があまりにも気ままで楽しそうで、つい見とれてしまいました。

やっと、カメラの望遠で何枚かのショットを撮影できました。
思いがけない光景と、すばやい子供の動きに、ただシャッターを切っただけでした。
田んぼで遊ぶ子供達の雰囲気だけでも味わっていただければと思います。

 ◇ ◇ ◇

こんな光景は、新発田へ来るようになって見たことがありません。
自分の子供時代は、田んぼはとても楽しい遊び場でした。
いつも子供達の声が響いていたものです。

農薬が大量に使われ、生物が田んぼから消えました。
危険なため、子供は田んぼに近付かないようになりました。
機械化が進み、一家総出の田んぼの作業もなくなりました。

ここ数年、農薬が減らされて、田んぼの生物も戻ってきています。
赤トンボ、蛍、どじょうやタニシ、ゲンゴロウなどが増えています。
楽しく遊べる自然が回復しているように思います。

それでも、田んぼで遊ぶ子供達を眼にすることは、奇跡に近いのです。
絶滅をまぬがれた貴重な光景を見せていただいたのです。
Hさんの三代家族のすばらしさに、またも感動いたしました。

【ここで一首】
   <風に乗る 子供らの声 五月晴れ 田植え機の音 水のせせらぎ>■

2007年05月09日

くるくる新発田:苗の搬出

5月3日(木)午前、Hさん宅の田植えが始まります。
ビニールハウスで順調に育った稲の苗。
田んぼに運ぶため、つぎつぎと軽トラックに積み込まれます。

写真ギャラリー

奥さんからご主人に苗箱が渡されます。
息子さんからご主人に苗箱が渡されます。
この作業は、約1500箱分繰り返されます。

この忙しい場面に、奥さんの愛ネコが登場。
ネコの手も借りたいところですが、どうも頼りになりそうにありません。
カメラを構える自分も、このネコ様と変わらないのが気恥ずかしい限りです。■

2007年05月07日

くるくる新発田:2007年田植え

5月3日(木)午前、晴れ、西名柄Hさんの田植えです。
Hさんは、今年新しい田植え機に変えました。
今日は、その本番ということになります。

運転操作にとまどいながらも、徐々に調子が上がり始めます。
ところが、なんと田植え機が故障。。
販売店のサービス・エンジニアが駆け付け、しばし点検。

結局、部品の取り付けミスと判明し、修理して、ようやく田植え再開。
さすが新機種、運転にも慣れてきて、早い早い。
泥の田んぼを快調に走って、田植えが進みます。

ビデオ・ギャラリー<<<再生開始まで、少々時間がかかります>>>

この日は、お孫さん達もあぜ道で遊ぶなど、Hさんの三代家族がいっしょ。
すばらしい田植えの風景を拝見することができました。
このあと、ビデオと写真で紹介していきます。■

2007年04月12日

くるくる新発田:稲の播種作業

4月8日(日)午前、西名柄のHさん宅で稲の播種作業を見学。
うららかな春の陽気の庭先で、播種機のコンベア・ラインに沿った作業です。
和やかに見えても、ピンとした緊張感が張りつめています。

ビデオ・ギャラリー

◆基本の手順は、つぎの通りです。
①トレーを1枚ずつ、コンベアに乗せる
②用土ホッパーで、トレーに用土が敷かれる
③種もみホッパーで、もみが蒔かれる
④覆土ホッパーで、覆土がかけられる
⑤渦巻き状の回転ブラシで表面を整える
⑥トレーをコンベアから取り上げる
⑦トレーを発芽用の棚に並べる

各ホッパーには、随時、土やもみを補給します。
家族で協力して、間断なく作業を進めます。
この日は、840枚のトレーに播種をしたそうです。

日をずらして、あと600枚のトレーに播種します。
計1440枚!!!
約6ヘクタール(町歩)分の苗になります。(要再確認)

3日ほどで芽が出ます。
それをビニールハウスに移して、育苗します。
田植えは、5月3日からの予定だそうです。

◆感想◆
機械化されたとはいえ、やはり大変な作業と思いました。
こちらでは、三代のご家族の心を合わせた共同作業です。
貴い光景を拝見させていただきました。

播種の前後の作業も、少々だけ見学しました。
そこからも、米作りの複雑さ、緻密さ、作業量の多さなどを実感しました。
ひたむきに励む農家の方々の姿に感動しました。

初めての播種見学で、オタオタのビデオ撮影。
来年は、もっときっちりと記録するつもりです。
ご家族の皆さん、本当にありがとうございました。

【ここで一首】
  <三代の 家族をつなぐ コンベアー 春の庭先 播種作業進む>