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2006年07月29日

歌い続けた川田正子さんのこと

14日(金)のNHK-BS2で放映された川田さんの番組。
ビデオに撮って、DVDにダビングして、何回も拝見しました。
そのたびに、心打たれます。

◆心を癒す歌声
川田さんは、昭和18年にコンクール入賞。
歌は、『兵隊さんの汽車』でした。
(戦後、歌詞が変更され、『汽車ポッポ』になります)

  ◇ ◇ ◇

 汽車、汽車、ポッポ、ポッポ、シュッポ、シュッポ、シュッポッポ
 兵隊さんを乗せて シュッポ、シュッポ、シュッポッポ
 僕らも 手に手に日の丸の 旗をふりふり おくりましょう
 ばんざ ばんざい ばんざい 兵隊さん 兵隊さん ばんばんざい

  ◇ ◇ ◇

戦中は、ラジオで戦意高揚のための歌を歌いました。
遠い戦地で、空襲の国内で、川田さんの声を多くの人達が聞きました。
それは、戦意高揚というより、心を癒す歌であったと思います。

◆明るい夢の歌声
戦後、復興に向かう社会に明るい歌が求められたとき、再び川田さんが登場します。
『里の秋』は、復員兵を待つ家族の思いを歌う名曲です。
そして、『みかんの花咲く丘』が、大ヒットします。

  ◇ ◇ ◇

 みかんの花が 咲いている
 思い出のの道 丘の道
 はるかに見える 青い海
 お船が遠く かすんでる

  ◇ ◇ ◇

伊豆の海辺に住みたい、『とんがり帽子』のように丘の上に大きな窓の家を建てたい。
そんな夢を描いたのは、私だけだったでしょうか。
貧しさの中で、明るい未来を感じさせてくれたのです。

昭和22年に、突然、川田さんは童謡歌手を引退します。
オペラ歌手をめさし、大学の声楽科へ進学します。
しかし、やがて童謡の世界に戻ることとなります。

◆いつまでも続く歌声
童謡で心を癒される人がいる限り、歌い続ける。
飾りのない素直な歌声は、もう聴けなくなりました。
でも、心に残る川田さんの童謡は、いつまでも忘れることはありません。

2006年07月26日

ふるさと詩歌 ~ 遠きにありて思ふもの

◆室生犀星(1889-1962)の詩
『小景異情 その2』(叙情小曲集より)

 ふるさとは遠きにありて思ふもの
 そして悲しくうたふもの
 よしや
 うらぶれて異土の乞食(かたゐ)となるとても
 帰るところにあるまじや
 ひとり都のゆふぐれに
 ふるさとおもひ涙ぐむ
 そのこころもて
 遠きみやこにかへらばや
 遠きみやこにかへらばや

  ◇ ◇ ◇

ふるさとは、一度帰りそびれると、つい遠くなり、
やがてさらに遠くなり、はるかに遠くなる。
「遠きにありておもふもの」は、我が逃げ口上でもあった。

それにしても、50年ぶりのふるさとであった。
思い切ったタイムスリップ。
自分はまだ元気、ふるさともまだ元気。

あと10年していたら、お墓参りでおしまいだったかも。
そうすれば、このホームページもなかったかも。
逆に10年早くても、やはりそんなものだったかも。

2006年07月25日

梅雨明けは8月に?

天気予報では、関東地方はもうしばらくは「雨・曇」の予報です。
平年は20日頃に梅雨明けですが、今年は8月にずれ込むかもしれません。
それでも極端な冷夏の兆候はないので、お米に心配はなさそうとのことです。

日経新聞の24日付夕刊に、関東甲信地方の梅雨明け日が載っていました。
このデータを、ちょっと工夫して並べてみましょう。
ひとつの「*」が一日にあたります。7月1日が一個です。

◆関東甲信地方の梅雨明け
 1996 7/11頃 ***********
 1997 7/19頃 *******************

 1998 8/02頃 *********************************
 1999 7/23頃 ***********************
 2000 7/16頃 ****************
 2001 7/01頃 *
 2002 7/20頃 ********************
 2003 8/02頃 ********************************
 2004 7/13頃 *************
 2005 7/18頃 ******************
 2006 8/02? *************************???????

 ◇ ◇ ◇

今年の梅雨明けを、8月2日としてみましょう。
すると、1998年からの9年間では、3回目です。
つまり、3年に1回は8月に梅雨明けなのです!

2001年も『平年』じゃない。
ならば、3年に1回以上起こるのに『平年』でないなんていえるのか。
天気予報で流される『平年』は、我が『平年』感覚とずれているように思われる。

 ◇ ◇ ◇

どうも梅雨が長引くと、つまらないことが気になってきます。
暑~い夏の方がマシだ。
梅雨が明けたら、さっそく『平年』モードに切り替えなくては。

花の色は 移りにけりな いたずらに わが身世にふる ながめせし間に  (小野小町)

2006年07月24日

世相:福田氏、総裁選出馬断念

福田元官房長官が自民等総裁選に出馬しないと明言しました。
有力対抗馬がなくなり、安倍官房長官が圧倒的優位に立ちました。
小泉首相の思う壷とも見えます。

福田さんは、じっと待ちの姿勢でいましたが、結局不戦敗の形となりました。
今の政治は、テレビなどでのパフォーマンスが重要です。
その善し悪しは別として、黙っていては国民の支持は集まりませんでした。

◆一首献上:
  餡見えず 大福つぶれ 後継の きなこまぶした あべ川の勝ち


2006年07月23日

ふるさと詩歌 ~ 唱歌『故郷』

◆唱歌『故郷』
 作詞:高野辰之 作曲:岡野貞一

 兎追いし かの山
 小鮒釣りし かの川
 夢は今も めぐりて
 忘れがたき 故郷

 如何にいます 父母
 恙(つつが)なしや 友がき
 雨に風に つけても
 思い出ずる 故郷

 志を はたして
 いつの日にか 帰らん
 山は青き 故郷
 水は清き 故郷

  ◇ ◇ ◇

この『故郷』は、『赤とんぼ』と並ぶ代表的愛唱歌です。
ある資料では、『赤とんぼ』、『故郷』、『夕焼け小焼け』、『朧月夜』、
『月の砂漠』、『みかんの花咲く丘』などが人気上位の愛唱歌となっています。

人それぞれの思いがありますから、順位はともかくとして、
童謡・唱歌には、日本人の心の原風景があるのだと思います。
それを多くの人と共有できることは幸せです。

幼い時の「ふるさと」の想い出は、なぜか淡く、それでいて心に沁みついているのです。
人と自然が共存し、豊かな生命力があふれていました。
それが失せていったとき、「志」までも失せたのかもしれません。

  ◇ ◇ ◇

作詞:高野辰之 作曲:岡野貞一 のすばらしいコンビの主な作品を挙げておきます。
①明治43 『春が来た』
②明治44 『紅葉』
③大正1  『春の小川』
④大正3  『朧月夜』
⑤大正3  『故郷』

なお、
・明治45 『冬の夜』
・大正2  『冬景色』
もこのコンビの作という有力な説があるそうです。

◆志を果たした高野辰之のエピソード
作詞者の高野辰之(1876(明9)-1947(昭22))は、
22歳で寺の娘と結婚するとき、彼女の母親から条件をつけられました。
「将来、人力車で山門から入ってくるような男になること」と。

33歳(1909(明42))で、文部省小学校唱歌編纂委員、翌年東京音楽学校教授に。
作曲の岡野貞一と名曲を次々と世に出します。
もっともこの時点では、文部省唱歌であり、作詞者作曲者名は伏せられていました。

49歳(1925(大14))で文学博士となり、その年、故郷に錦を飾ります。
山高帽に口ひげで、義母との約束通り、人力車で山門から入ったとのこと。
「志を はたして いつの日にか 帰らん」

2006年07月20日

世相:ゼロ金利政策の解除

日銀が14日、ゼロ金利政策を解除しました。
これを受けて、大手銀行は普通預金の金利を上げました。
0.001%から0.1%へと、「100倍」です。

利息の1万円が100万円となります。
けれども、元金が小さくては、雀の涙。
庶民は粛々と生活しましょう。

◆一首献上:
  通帳の 利息欄こそ 悲しけれ 率は100倍 額は2桁


2006年07月16日

『諸行無常』は宇宙の真理

平家物語の始まり、
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」では、
仏教の『無常偈』の一節を引用しています。

◆『無常偈』は、四字四行の超ミニお経です。
  <いみ>
  諸行無常 この世の全てのものは、いつも移り変わっています。
  是生滅法 生じたものは必ず滅びる、それが宇宙の基本法則なのです。
  生滅滅已 生死にとらわれている心を消滅させなさい。
  寂滅為楽 そうすれば、悟りの世界で永遠の安らぎが得られるのです。

  <よみ>
  諸行無常 しょぎょう むじょう
  是生滅法 ぜしょう  めっぽう
  生滅滅已 しょうめつ めつい(めっち)
  寂滅為楽 じゃくめつ いらく


◆『無常偈』ものがたり
お釈迦さまが、仏になる前、ヒマラヤの山中で修行をしていた。
修行時の名前は、雪山童子(せっせんどうじ)で、
童子は、正しい教えを求めて苦行中であった。

帝釈天がその心を知り、羅刹(らせつ=鬼)に姿を変えて、童子の前に現れ、
「諸行無常 是生滅法」の二句を唱えて聞かせた。
童子は感激して、「きっと続きがある。それも教えて欲しい」と頼んだ。

ところが、羅刹は「腹が減っているからダメだ」という。
童子は、「教えてくれたら、私を食べてもいいから」と約束する。
羅刹は、「生滅滅已 寂滅為楽」の二句を教えた。

童子は、後の岩壁に、これらの四句をしっかりと書き留めた。
そして、約束どおり、前の崖から身を投げた。
そのとたん、羅刹は元の帝釈天の姿となり、童子を空中で抱きとめた。

(この話は、涅槃経及び仏教説話集「ジャータカ」に載っているそうです)

2006年07月15日

みかんの花が咲いている~NHK-BS2

♪ミーカンーノ ハーナガー サ~イテーイルー♪
あの懐かしい歌声、川田正子さん。
昨夜(14日・金)のNHK-BS2です。

◆川田正子さん
昭和9年生まれ、18年に童謡歌手デビュー。
今年1月の長崎県での子守唄・童謡コンサートの翌日倒れました(71歳)。
明るく優しく童謡を歌い続け、私たちに感動をあたえてくれました。

◆「みかんの花咲く丘(加藤省吾作詞、海沼実作曲)」
昭和21年8月、伊東市でのラジオ番組で川田さんの歌で発表。
歌詞は前日に作詞され、作曲は伊東へ向かう列車の中。
この明るく元気な童謡は大ヒットし、復興に励む人々を勇気づけました。

◆番組での曲名
・みかんの花咲く丘 ・海 ・砂山 ・十五夜お月さん
・汽車ポッポ(新旧歌詞)・里の秋 ・とんがり帽子 ・めえめえ児山羊
・たき火 ・ペチカ ・月の砂漠 ・ちんちん千鳥

◆童謡はどこへ
昭和30年代の初め頃から、こういう童謡・唱歌は消えたように思います。
日本語の美しさ、風景や叙情の美しさも消えたように思います。
川田さんの童謡の世界を同時代に体験できたことは、とても幸せでした。

◆NHKならでは
すばらしい番組で、NHKでなくては作れません。
でも、川田さんの歌は1時間では足りません。
せめて、90分で再構成して欲しいものです。

2006年07月12日

七人の白雪姫と七人の小人

このタイトルは、まちがいではありません。
まさしく、「七人の白雪姫~」なのです。
ふと、約三十年前の電車の中で聞いた会話を思い出したのです。

幼稚園の先生が、連れの女性に話していました。

「うちの幼稚園で、白雪姫と七人の小人、の劇をやることになったの。
 ところが、白雪姫をやりたい子(やらせたい親)がたくさんいて、
 誰も譲らないので、調整がつかないの」

「日程は迫るし、しようがないから、会話劇にしたの。
 七人の子供を白雪姫役にして、セリフを分けて、
 順番に言ってもらったのよ」

かくして、七人の白雪姫のセリフ:

  『今日は』+『お天気がいいから』+『森へ出かけて』
  +『泉のところで』+『小人さんといっしょに』+『きれいなお花を』
  +『いっぱい摘みましょう』

と、いうようなお話でした。

 ◇ ◇ ◇

思えば、この頃からでしょうか、
<運動会で一等賞や二等賞をやめて、みんな入賞>
などとなったのは。

誤った平等主義がはびこり、人に譲る心が失われていきました。
早い者勝ち、自己主張、物欲・拝金主義、大量生産・消費・浪費の社会です。
あげくの果てに、日本中がバブルに狂乱したのです。

 ◇ ◇ ◇

「七人の白雪姫と七人の小人」は、やはり、まちがいなのです。

2006年07月05日

古典~ことば(2)

◆母の教え給いしことば(2)

『天知る 地知る 子知る 我知る』
  - 出典:「後漢書」、「十八史略」

後漢の楊震のことば。楊震は高潔で名高い官吏であった。
地方へ赴任の途次、以前に才能を認めて引き立てた王密が楊震を訪ねてきた。
二人だけの席で、王密は世話になったお礼にと、金品を渡そうとした。

楊震が断わると、王密は言った。
「賄賂ではありませんし、誰も見ていないから、よろしいではないですか」
すると楊震は、「天知る 地知る 子知る 我知る」と、再度断った。

 ◇ ◇ ◇

まずは、天が知っている
ついで、地も知っている
そして、君が知っている
さらに、私も知っている
誰も知らないということなどないのだよ。

 ◇ ◇ ◇

自らを厳しく律することばである。
王密は羞じて引下がった。
『天知る 地知る 子知る 我知る』を「四知」というとのこと。

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母は、「天知る 地知る 我知る」と言っていた。
相手がいなくても、天・地・我は知っている。
いづれも、ありがたい教えであると思う。■

2006年07月01日

世相~阪急・阪神の経営統合

30日の株主総会で、阪急と阪神の経営統合が承認されました。
ドタバタの騒ぎは決着。
結果良ければ、全て良しですが。

一首献上:
タイガース 六甲おろしの 大合唱
リリーフ阪急 村上おろし