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世相:衆院選の所感2 ~ 民主党に託す

◆民主党に託す
まもなく、民主党政権が発足する。
ともかく、民主党に託すことになる。
きびしく、しかし辛抱強く民主党を支えるのが正しい。

◆マスコミの自民的官僚的体質も「ノー」
民主党は、予算のムダ使いから、施策の財源を捻出するという。
マスコミは「本当にできるか」と問い質す。
コレは、マスコミのあるべき姿からすれば、逆だ。

マスコミは、本来、予算のムダを暴き、政府や官庁を追及するのが使命だ。
足を使って現場を取材し、行政のムダや誤りを発掘し、国民に正しく報道すべきだ。
それを怠り、政府や自民党や官僚が「ムダや余裕はない」と云えば、その尻馬に乗る。

権力側からの情報に頼り、それをTV・新聞で報道するだけの堕落したマスコミ。
今度の選挙では、無駄はないと言い張る自民党が「ノー」と判定された。
実は、そのプロパガンダ(宣伝工作)の一端を担いできたマスコミにも「ノー」なのだ。

それを自覚して、マスコミは、行政のムダや誤りを徹底取材し、民主党に提案する責任がある。
財源を質すより、財源を提案することが、日本の政治改革のために必要なのである。
今のマスコミは、自民的官僚的体質にどっぷりと浸かっている。

この際、TV・新聞の各社は十分野位に手分けして、各5千億円のムダを探してきてはどうか。
そうすれば、5兆円の子供手当ての財源になる。
座って情報を待っているようなマスコミはもう要らない。

◆無為無策の学者にも「ノー」
民主党のマニフェストには『国家ビジョン』がない。
学者達は「『国家ビジョン』を示せ」と口をそろえる。
そのこと自体は正論だ。

しかし、出せるものなら出したいだろうが、無いものは無い。
そもそも『国家ビジョン』の不在は、今の日本全体の弱点だ。
では、学者達はどうなのか。

多くの学者(経済などの専門家?)は、外国の有名な学説等を引用しては意見を述べる。
聞き手から、「先生の『国家ビジョン』は?」と問われると、かなり歯切れ悪く答える。
「たとえば、グリーン・ニューディールとか、医療とか、環境技術とか、地方分権とか、云々」

要は、受け売りの言葉の羅列に過ぎないから、どの学者も似たようなことをいう。
他人の学説や資料の分析・評価は得意だが、創造的ビジョンを語るのは不得手だ。
民主党に『国家ビジョン』を要求する資格などない学者にも「ノー」。