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2015年08月09日

新発田の旧町名説明文の遅れ

 旧町名説明文の作成が遅れている。
 もう少々かかる。
 夏休みの宿題を抱えた感じがする。

 遅れた理由は二つ:
  ・7月末に仕事が入ったこと
  ・調べている途中で深みにはまったこと

◆7月末に小さな仕事
 会社の顧客から、システムの修正依頼があって、数日の作業が発生した。
 従来の処理に例外を追加するので、細心の注意を要した。
 先週末に検収が完了した。

 ◆調べては深みにはまる 説明文の検討が遅れているのは、仕事のせいばかりではない。

 江戸時代の職人について調べていくと、果てしなく深みにはまっていく。
 特に、現代に残されている状態は、興味深く、説明文は後回しだ。。
 カッコよく言えば、ネットで「知の旅」に浸っていることになる。

 指物町の指物屋、桶町の桶屋、職人町の鍛冶屋について、重点的に調べてきた。
 結果、説明文の材料はそろったので、このあたりでまとめに入る。
 それにしても新発田には、かつて立派な職人の町があったのにと、きわめて残念に思う。

2015年07月16日

新発田の旧町名説明文経過報告

 旧町名の説明文の作成は、予定より遅れているが、かなり進んでいる。
 頼りにする資料は、市立図書館の『城下町新発田の旧町名』(2009年刊行)のみ。
 その複写を参照しながら、古地図も見ながら、作業している。
 
◆武家町は終了
 「新発田マップ」用の音声テキストとしては、ひとまず終了とした。
 それぞれの町名の由来や成り立ち、古地図の屋敷割りを見ると、往時の街が偲ばれる。
 それにしても、現在の街は、個性が乏しく、秩序が無く、美しさもないと思う。

◆商人町も終了
 簡単に済ませられると思ったら、そうはいかなかった。
 特に「上町」は、大手先の正面で、T字型で札の辻があり、奥行き100mの商家が並ぶ。
 これらをどう適切に表現するかに手間どり、数日かかった。

◆職人町はこれから
 参考資料を引用すれば良いと、甘く考えていた。
 しかし、例えば「指物町には指物屋が多く住んでいたから指物町だ」には疑問が湧く。
 なんで指物屋が集まったのか、多いとはどれほどか、他にどんな店があったのか、など。

 よく調べないと分からないから、今は、参考資料の無難な説明を引用することにする。

◆寺町、泉町などもこれから
 参考資料には、かなり詳しく掲載されている。
 分かりやすく要約すれば良さそうだ。
 職人町に先行するかもしれない。

2015年07月05日

城下町・新発田の旧町名説明文を作成中

◆失われた旧町名
 新発田は城下町であり、全体が藩により、厳格に屋敷割りされていた。
 武家も町民も、身分や職業によって、それぞれ居住する町が決められていた。
 町名によって、城下町の作りがよくわかるようになっていた。

 武家町の町名は、位置や町並み、居住者の職掌などで決められた。
 職人は、職種によってまとまって同じ町内に住んだ。
 商人は、中心部に商店街らしい町名の町で、店を並べた。

 そうした由緒と特徴のある、意味のある町名は、昭和30年代の新住居表示により消えた。
 新住居表示では、地域を幾何学的に分割し、平易な町名と数字の丁目を割り付ける。
 それが現在の新発田のほとんどの町名である。


◆旧町名の説明文をまとめる
 失われた旧町名を調べるには、古地図と参考書のお世話になる。

   ・「新発田藩家中屋敷割図(明治初年版)」

   ・「城下町・新発田の旧町名」
     佐藤 恒男/著 新発田郷土研究会 2009年08月(市立図書館蔵)

 後者は、新発田の旧町名についての唯一の参考資料である。
 町の成り立ちや町名の由来、関連する屋敷割り図や古写真などをまとめた小冊子である。
 必読の一冊といえる。

 ただし、町名間で記述にバラツキがあるので、今回の説明文にそのままでは使えない。
 多くの内容を頼りながらも、分りやすい説明文を構成するようにしている。
 想定外のハードな作業であるが、けっこう楽しめる。

 城下町の成り立ちや歴史、興味深い事実などが、次々と現れてくる。
 単に参考資料として読むのではなく、気合を込めて読むからであると思う。
 城下町・新発田の奥行きは深い。

 
 (まもなく、武家町の説明文がまとまります)