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2008年05月31日

ことば:兼好と頓阿のやりとり

◆折句でやりとり
徒然草の著者・吉田兼好は、当時著名な歌人でもあった。
頓阿は歌壇の中心人物で、兼好の親友であった。
この二人がやりとりした「折句」は、歴史に残る名作となった。

折句とは、短歌の五七五七七の頭の文字にことばを折込んだもの。
伊勢物語の在原業平の「か・き・つ・は・た=かきつばた」の歌が有名。
  唐衣 きつつなれにし つましあれば はるばる来ぬる 旅をしぞ思ふ

◆米を給え、銭も欲しい
頓阿のもとに兼好から文が届けられた。
それには次の一首がしたためられていた。

  よはすずし
  ねざめのかりほ
  た枕も
  ま袖も秋に
  へだてなきかぜ

折句で「よ・ね・た・ま・へ=米給え=米を頂きたい」である。
すごいのは、五七五七七の末尾が後からも折句になっていること。
「ぜ・に・も・ほ・し=銭も欲し=お金も欲しい」。

◆米は無い、銭は少しある
これを読み解く頓阿もさすが。
負けじと、やはり往復の折句で返した。
歌意もしっかり対応している。

  よるもうし
  ねたくわがせこ
  はてはこず
  なほざりにだに
  しばしとひませ

「よ・ね・は・な・し=米は無し=米は無い」
「ぜ・に・す・こ・し=銭少し=お金は少しある」
(実際は、濁点は省略して書かれた)

◆洗練された『ことばと遊び心』の文化
二人のやりとりは、単なることば遊びではない。
ユーモアを込め、歌の素養を駆使し、伝えたいことを巧みに表現している。
約800年前の洗練された『ことばと遊び心』の日本文化であると思う。

2008年04月06日

桜守・佐野さんのお話

◆桜の時間は自然の時間
「今年の桜は早いそうですが」

京都の桜守・佐野さんが応える。
「何に比べて早いんや。
桜は普通で、早くはない。 鳥も虫も自然はみんな普通なんや」

「人間が自分達で作った時間で自然を測っている。
人間が自然から離れてしまったということや。
昔は自然に合わせて農作業をしていた」

NHK Hi TV 「にっぽん桜物語」(4/6)より。

◆世俗の時間と自然の時間
桜守のおっしゃるとおりだ。
世俗の時間にどっぷり浸かっていると、自然の時間がずれているように錯覚する。
自然は自然の時間で動いている。

蜂や蝶は花に合わせないと生きていけないし、花も蜂や蝶が来ないと受粉できない。
暦や時計がなくても、みんな同期して活動する。
自然は自然ということである。

2008年02月06日

ことば : 少し春ある心地

6日の午後、東京にまた雪が降った。
やや多めにチラついた。
春の淡雪に近かった。

 ◇ ◇ ◇

今からちょうど千年ほど前の、2月末頃のある日、
風が強く、空は暗く、雪がチラついていた。
宮中にいた清少納言のもとに使いが文を持ってきた。

それは藤原公任(和漢朗詠集の選者)からのもので、
<すこし春ある 心地こそすれ>
と下の句の七七が書かれていて、すぐに上の句を返せという。

公任のところには優れた歌人達が集まって、返事を待ち構えているに違いない。
下手な句では恥をかくし、遅れるのはもっとダメだ。
清少納言は「ええい、ままよ」と次の五七五の句をしたためて返した。

<空寒み 花にまがへて 散る雪に>
どう評価されるかと不安であった。
後で、「こういう句を返す女官は内侍に推薦したい」と褒められたと伝え聞いた。

注記)内侍は、女官の最高位

 ◇ ◇ ◇

『枕草子』第102段、清少納言の当意即妙の才能が発揮されたエピソード。
上の句も下の句も、唐の白楽天「白氏文集」の詩の一節を踏まえているという。
平安時代の貴族達の「遊び心」と教養のレベルの高さに感動させられる。